出席番号7番「遅刻常習犯」③幽霊ぼっち、友人A
昨日の朝、草むらの中で何かが息絶えていた。伸びた草に隠れて、それが何かわからなかった。
昨日の夕方、草むらの中で何かが息絶えていた。次に見た時、それは消えていた。それは初めからそこにはなかったのだろうか。
昔々、俺が中学生になる前のこと。俺は父さんを酷くおそれていた。
それは、小さい頃から自分のことを「悪い」や「鬼」といった言葉で罵る大人に対する恐怖心だった。無力な子どもを暴力で捩じ伏せようとする姿こそ鬼そのものだった。
俺は、それに恐怖した。
中学生になって、俺はそのことを自覚した。父親そのものが恐いんじゃなくて、父さんのどこに対して自分が恐怖しているのか。
父さんから離れて生きることのできた小学生の時期に、俺は考えることができた。亡くなったあの先生や、俺を守ろうとしてくれた大人の、桜ヶ原の先人たちのおかげだった。
それがあったから、俺は意外と冷静に家へ戻ろうと決心が着いた。冷静に? いや、もしかしたら怒りとかが一回りして冷静に見えてただけかも。
なあ、どうだった? ああ、やっぱりみんな心配だったんだ。ごめんな。みんな、あんなとこに帰させたくなかったよなぁ。
でも大丈夫!
帰ってからの俺と父さんは何にもなかった!
落ち着いて仲直りしたのかって?
そんなわけねえじゃん。
父さんは俺を見なかったんだよ。
ある意味鬼子扱いより酷かったかもしれない。父さんは俺が目の前にいるのにいないように扱ったんだ。
俺は家では幽霊だったんだよ。
俺は、父さんにとって、いないはずの、いちゃいけない存在だったんだ。
俺はほとんど家にいなかった。友人の所に入り浸りだった。
友人たちも許してくれたし、何より大半はおまえの所だった。友人A。
俺の一番近くはいつだっておまえだった。
おまえとは小学校も中学校も一緒だった。俺は高校にいけなかったけど、そのぶんおまえは学校のことをたくさん話してくれた。
俺、学校にいかなくてもいいやって思ってたんだ。金もないし、頭だってよくないからさ。おまえが一年高校にいってる話を俺に聞かせ続けて、二年生に上がる前の春休みに言ったこと。しっかり覚えてるぜ?
みんな! 聞いてくれ!
こいつ、俺に高校に通えって言ったんだ!
定時制でいいから、自分と同じ高校に通えって言ったんだぜ!
おまえが高校に上がってから、俺たちは一年間同じところでバイトした。俺は生活費に回すつもりだったけど、おまえが毎日家に連れ帰るからあんまり必要もなくなった。だからひたすら貯金した。
おまえはてっきり小遣い稼ぎに努めてるもんだと思ってた。マンガとかゲーム、好きだったもんな、おまえ。そんなおまえから聞く話はすごく楽しい。
娯楽関係なんて全く持ってない俺に、解りやすく教えてくれる。話題のない俺に話題を与えてくれる。
おまえってそんな奴だったんだよ。
記憶が全部吹っ飛んじまってもさ。俺は今でもおまえのこと近い友人だと思ってる。なあ、友人A。
おまえはいつだって、今までだってずっと変わらずに俺の友人だ。
俺の大切な友人なんだよ。
別に思い出さなくてもいいけどな!
でも、ここからの話は聞いてて欲しいんだ。
おまえにも関係がある、俺のとっておきの話。
おまえさ。
俺に、手紙を送っただろ。
あれ、俺に届かなかったぜ?
内容だけはちゃんと遅れて届いたけど。
友人Aの説得で俺は定時制の高校へ通った。昼間はバイト。時間はみんなよりかかったけど、高卒っていう資格を無事手に入れた。
中卒より高卒の方が雇ってもらえる場が広がる。そう言ったのは、一年間一緒の所でバイトした友人Aだった。
高校進学を押し付けてきた奴は、自分の通ってる高校のパンフレット。しかもしっかり「定時制」のページに付箋をくっつけたやつ。それを渡してきた。
その後はあれよあれよという間に事が進んで、気づいたら判子を押させられていた。保護者の欄には父さんの名前はない。事情を説明して他の人でもいいってことになった時、昔から付き合いのあった友人Aの両親が記入してくれた。
普通はここまでしない。
更に入学金と授業料。俺には半分がやっとだった。そこで友人Aは再び何かを取り出して俺の目の前に出した。分厚く膨らんだ封筒だった。
中に何が入ってたと思う? 金一封。あいつが一年かけて貯めたバイト代だった。
「君のと合わせれば足りるんじゃない?」
普通しないぜ。絶対しない。
友人A。おまえ、自分が一年かけて汗水滴ながら稼いだ金を、他人の進学費用にしたんだ。始めから俺を学校に通わせるつもりで一緒にバイトしてたんだぜ。
そういう奴なんだよ、おまえってさ。
こういう流れで俺は定時制の高校に通った。もちろん、父さんには何も言ってない。言ったところで何も聞こえてないだろうけど、一応父さんだったからさ。
バレてまた怒鳴られたり、叩かれるのは嫌だった。だから、チラシの裏に高校の名前と定時制だっていうことだけ書き残した。
俺は家に帰らなかった。
友人Aの家に居候させてもらって、空いた時間を使って一緒に教科書と参考書を開いた。
「君、意外と頭の回転は速いんだからさ。先のことをもっと考えた方がいいと思うんだよね」
「就職とか?」
「じゃなくて、自分が何をしたいかだよ」
「おまえは何かやりたいことあんのか?」
「ボク? そうだなぁ」
ゲームを造りたい。シナリオからシステムまで、全部自分で造ってみたい。
おまえはそう言ったんだぜ、友人A。
主人公は二人の男の子。桜が咲く町を舞台に、七不思議を解明する。
そんな話のゲームを造りたい。友人Aは言った。
まんま俺たちじゃん! 俺はそう言って笑った。
俺の青春ってそんな感じだった。
いつも友人Aがいて、一緒に笑った。
俺の方があいつより少しだけ遅れて歩いていた。あいつの背中をずっと見続けて歩いていた。
追いかけていたんだ。後ろからついて来るだろう俺のことを待っててくれるあいつに甘えて。
本当は隣に立ちたかった。隣を歩きたかった。
でもさ。人が生きていく道は一人に一本。同じ道は歩けない。
だって、俺とあいつは違う人だから。
思うことも、視線も、スピードも、全部違う。できることも、したいことも、できないことも、背負うものも。みんなそれぞれ違うんだ。もちろん、俺とあいつも。
俺たちは、桜ヶ原っていう舞台に生きてる。広くもない町だ。きっと、誰かが通った道を歩くときもある。
でも、誰かが歩いてつけた足跡をそっくりそのまま辿るなんてできっこないんだぜ。足跡を残したのは過去の人。時間が経って消えかかってるそれを、今生きてる俺たちが踏めると思うか? 踏もうと、思うか?
残された足跡を辿るんじゃなくて、自分の足で足跡を残したい。俺はそう思う。
たとえ同じ場所に足跡が残ったとしても、こっちの足跡は俺がつけた! そう言い切れる生き方をしたい。
俺は遅刻常習犯だ。遅刻するのが当然の生き方だ。
だから、前を歩く人がどんな道を歩いているのか、よくわかるんだ。
だから、同じ道を辿らないように、同じ間違いを犯さないように注意することができる。
そう言えるようになったのは、友人A。おまえが高校を卒業する日だった。
おまえ、大学受験して落ちたんだ。浪人したんだよ。一回な。
はははっ! これは忘れて嬉しい記憶だろ?
必死に勉強して勉強して勉強して、好きなゲームもマンガも全部受験期間が封印してたのによ!
あの時ほどおまえが可哀想に見えたのはなかったぜ。俺も一緒に泣いた。
一年後にはリベンジして志望校に受かってたけど、あれは俺には無理だ。
俺は大学受験なんて選ばないで、さっさと就職した。
おまえが一発合格できなかったのに、俺ができるはずねえじゃん!
「たった一回の失敗で挫けるボクじゃないよ」
おまえは真面目な性格でさ、しかも意地っぱり。こうと決めたら絶対諦めない。
だから、不合格の通知が来て一晩泣いた後も、次の朝には予備校の手続きしてバイトのシフトも入れに行った。へこたれないで目標に向かって歩いていく。
そんなおまえの背中、俺は好きだったぜ。
友人A。
おまえ、変わってないよ。
記憶がなくなっても、その言葉使いも性格も。なんにも変わってない。
だから違うって言えるんだ。
「同窓会の案内、来たか?」
「何人か、もう先にいってる奴らもいるらしいぜ」
「どうせお前は遅刻するんだろ」
「同窓会の前に、さいごに1回会えないか?」
それと
「どうせお前は遅刻したんだろ」
違うだろ。
違うだろ。
友人A。おまえはそんな言い方をしない。
おまえはもっと丁寧な話し方をする。
この同窓会に集まった、俺を含めた同級生全員が保証する! 今のおまえは、俺たちが知っている時のまんまのおまえだ。
おまえの名前が書かれた、また会おうっていう手紙。これ、おまえが書いた手紙じゃねえな!?
よく聞け、友人A。
おまえが記憶喪失になった事故、事故じゃない。
後ろからおまえの背中を押した犯人がいる。巡回中の警官が偶然見ていたんだ。
安心しろ、そいつは信用に足りる奴だ。なんてったって、俺たちの出席番号1番だからな。
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