第46話:回機(かいき)
「アハハハハハ!ねぇ
「…もう…人の彼氏を笑わないでよ…」
ゲラゲラ笑いながら撮った写真を向ける
「ごめんごめん、でも…アハハハハハ!」
自分で写真を撮った画面を見てまた笑い転げる。
「…優愛ちゃんっ…!!」
あたしの転校が中止となり、元の鞘に戻ったことを担任が伝えた瞬間、
優愛ちゃんはそれがよほど愉快だったのか、お腹を抱えて笑っている。
「しかし、リコールものの検査キットが原因だったとはな。陽性が間違いで本当によかったよ」
「…もう…
「それで明莉、スマートフォンはどうしたんだ?」
「…お母さんに…取り上げられて…連絡が取れないようにって…解約されて…全部消されちゃった…」
「また使わせてもらえそうなのか?」
「…うん…けど週末まで…待ってと…けどデータは…もう無理って…」
「一緒にいれば、データはこれから増やしていける。データが消えても二人で作った思い出は消えたりしない」
これまでDirectでやり取りしたメッセージと連絡先はクラウドに上がっているけど、それ以外は設定をしていなかったから取り返すのは無理。
でもこうして戻ってこられたこと自体が嬉しくて、どうでもよくなってくる。
「そういえば明莉、彼が明莉の転校を知った後、なんて言ったと思う?」
「やめんか」
「『時間はかかるが、大学を出て社会人になって、責任を取れる立場になって、もう一度明莉を迎えにいく!それまでに明莉が他の誰かを選んだなら、その時はきっぱり諦める』って言ったんだよ!」
「一字一句間違いなく覚えてるなんてお前何者だ?」
「…そんなことを…」
あたしと瞬はホッと、優愛ちゃんは笑い混じりで会話していた。
「明莉、しっかり愛されてるね。安心したよ」
「それはそうと明莉、もうこんなことは二度とゴメンだから、せめて社会に出るまでは、もうお預けだな」
「…それは…寂しいよ…要は入れなムグッ!」
「何を生々しいこと口走ってるのよ!」
優愛ちゃんが突然、あたしの口を慌てて塞いできた。
「はは、違いない。けど我慢できなくなるから、せめて濃厚なキ痛っ!」
「周りに人がたくさんいる時にする話じゃないでしょ」
瞬の頭に優愛ちゃんがチョップを食らわせていた。
「それより君の方はどうなんだ?」
「どうって何がよ?」
「そろそろあいつと寝グッ!」
「関係に進展があったからって、ふたりともノロケすぎ」
今度は瞬の口を塞ぐ優愛ちゃん。
「来月は進級考査があるんだから、少しは引き締めていこうよ」
「まあ明莉は心配ないけどな。前の中間で満点だったしな」
「…瞬は…あたしが…教える…」
「話を逸らされたけど、塔下と進展はあったのか?」
すかさず蒸し返す瞬。
「もう、せっかく話題を逸らせたと思ったのに目ざといわね。そんなの特に無いわよ。必死にアプローチしてる最中」
「そうか。あいつは自分の気持ちにすら鈍いからな。けどそのラインを一度でも踏み越えてしまえば進展が早いと思う」
その言い分はよくわかる。
二人が仲直りした翌日には、気持ちを入れ替えて即断で卓球部に入ったという話を聞いている。
瞬は時々塔下先輩のことを猪突猛進と書いて『バカ』と表現してるけど、気持ちを入れ替えた時の行動力はすごいと思う。
優愛ちゃんへの返事も、気持ちを入れ替えたと思わる状況下で、先延ばしにしないですぐ答えを出したし、それ以来自分から優愛ちゃんに会おうとしている。
「吹上さん、いつもの人来たよ」
廊下側にいた人が呼びかけてきた。
「ほら、いってらっしゃい」
「まさかと思うけど、こうして彼が来るようにあんたが仕向けてるんじゃないでしょうね?」
「俺はそこまで面倒をみる気は無いさ」
優愛ちゃんは会いに来た塔下先輩のところへ行く。
「…瞬…何したの…?」
「吹上さんには言うなよ。明莉と一緒にいて俺がどれだけ変わったかを、たまに聞かせてやっているんだ」
「…それが…どうして…?」
「あいつは今、変わろうとしてるが行き詰まっているんだ。変われないことに焦っているあいつを焚きつけてやっている」
やっぱり瞬が裏で糸を引いていたらしい。
「…どうして…そこまで…?」
「今、吹上さんと先輩が離れてしまうと困るんだ」
「…優愛ちゃん…幸せになって欲しい…よね…」
「それはあるけど、主な目的は明莉にべったりの状態をやめてもらうため」
あたしと?
「明莉と吹上さんは特別な絆があると感じているけど、過度に依存しあっていると俺は見ている。その相互依存関係から、親友へ距離を広げることが今の課題だ。今はかなり改善したけど、まだどこかでその相互依存が根強く残っているように見える。そういう意味で吹上さんに彼氏ができるのは都合がいい。実際、去年の春は目も当てられないほど二人の距離は近すぎた」
それは、今になってみればよくわかる。
喋らないあたしを守るため、優愛ちゃんにばかり負担を強いていた。
あの頃にはもう戻らないし戻りたいとも思えない。
「…優愛ちゃんの…幸せを願って…じゃないんだ…?」
あたしは少し残念に思った。
「順番の問題だ。俺が最初に持った印象は、二人の距離が近すぎる。その時まではいいとしても、ずっといっしょに居続けられるわけではないから、距離を取るべきと考えた。
瞬はいつもそう。
目的意識をハッキリと持っていて、鮮やかな手並みで目的を達成する。
あたしはそういうところに惹かれて瞬と一緒にいる。
けど、好きになればなるほどあたしが変わっていってしまっている。
特に恐れているのは、独占欲。
瞬が他の女子と話をしているのを見ると、モヤモヤと黒いものが心の中に立ち込めてくる。
その辺は分かってくれているみたいで、手短に切り上げてあたしへのケアもしてくれているのがせめてもの救い。
瞬に負担を掛けているのは分かっているのに、それでも時々自分でも歯止めがかけらないほどの衝動に駆られるのが何より怖い。
「Directのグループメッセージでも話題になってるわね」
昼休みになって、優愛ちゃんと一緒に食べている。
「…何が…?」
「明莉が戻ってきたこと」
「…そんなに…?」
「さすがにここまでくると、二人の仲を認める意見がちらほら出てきてるわ。明莉が戻ってきて白須賀くんが号泣してた様子が書かれているところを境にね」
確かに今朝、瞬はあたしが戻ってきた後で話をする前に嬉し泣きしていた。
「…学校では…イチャイチャしないって決めてたけど…つい…」
「
瞬と
「なーんか臭うのよね。白須賀くんのことだから、塔下先輩へ裏でこっそり働きかけてる気がしてならないわ」
ギクッ!
「明莉…」
「…な…何…?」
「今明らかに顔色が変わったわよ。何か知ってるんでしょ?」
じっとりと睨め回すような視線を送ってくる優愛ちゃん。
「…何も…知らない…」
「嘘。怒らないし、八つ当たりもしないから教えて」
ううう…気づかれちゃった…。
優愛ちゃんに教えたら、瞬と二度と口を利かなくなっちゃうかも。
「わたし達、親友だよね?」
「…うん…」
「だったら隠し事しないで」
静かな口調が、むしろ重圧としてあたしを襲う。
「…これを知られたら…優愛ちゃんが瞬と…言葉をかわさなくなるかもと…心配だから…」
「何よ。あの人のおせっかいなんて今更でしょ。もう諦めてるし、邪魔さえしてこなければ別にいいわよ。いちいち腹を立てても疲れるだけだしバカバカしいわ」
呆れを含んだ顔に変わる。
「…そう…それじゃ…」
あたしは相互依存関係を何とかしたい、というところは伏せておいて、瞬が告白の現場を見ていたことや塔下先輩を焚き付けてることは話した。
「やっぱりね。そんなところじゃないかと思ったわよ」
呆れ気味でため息を吐く。
「…怒らないの…?」
「言ったでしょ。あの人のおせっかいに腹立てても仕方ないって。やめてと言っても聞くような人じゃないことはわかってるしね。それに、彼が手を回して悪い方向へ動いた試しはないわ。彼が動いてくれなかったら多分わたしはフラれてたわよ。彼のことは嫌いだけどその手腕は認めざるを得ないわね。しかし…告白してるところを見られたなんて、それはさすがにイラッとするよ」
「…瞬を追い返したかったけど…そこで騒ぐと…台無しになっちゃうから…」
「分かってるわ。それも含めて明莉の彼氏はおせっかいだって言ってるのよ」
お昼を食べ終わったあたしたちは食堂を後にする。
「しーらーすーかーくーん!」
ゴリッ!
珍しく一人で座っているところを、額に青筋を立てた優愛ちゃんが後ろから両方のこめかみに拳を当ててグリグリし始めた。
「何だ、吹上さん。何のつもりだ」
抗議するものの、振りほどこうとはしない。あまり痛くないのだろうか。
「別にー。告白の現場を見られたことに苛ついたわけじゃないわー」
「…優愛ちゃん…やめて…」
「明莉、話したのか?」
まだグリグリされていて、目線は真っ直ぐなまま。
「…ごめん…隠してるの…優愛ちゃんにバレちゃって…」
「言っておくが吹上さん。俺が動かなかったら」
「フラれてたわね。間違いなく」
皆まで言う前に優愛ちゃんが続ける。
「変だとは思ったのよ。ホワイトデーに返事してって言ったのに、翌日返事してきたことと、それもOKだったこと。うまくいくよう仕向けてくれたことは感謝するけど、それとこれとは別の話よ」
「それで、気は済んだか?」
未だに拳でグリグリは続いている。
「結構力いっぱいやってるけど、全然効いてないみたいね」
「いや、十分痛いぞ。痣になったらどうしようかと思ってる」
と言いつつ、腕を組んで余裕な顔をしている。
「腕が疲れちゃったし、これくらいにしておくわ」
優愛ちゃんは拳グリグリをやめて瞬から離れる。
「…瞬…」
「いいさ。ここまできたら隠し事はナシでいいだろう」
立ち上がった瞬は、あたしたちに向かい合う。
「俺を嫌うのは結構だが、八つ当たりや
「もちろんよ。あんたが裏で手を回してくれたからなんて理由で、当てつけとして今更なかったことにして放り出すなんて考えられないわ」
よかった。
優愛ちゃんが瞬を嫌いでも、無視したり間接的な嫌がらせをする気はないみたい。
面と向かってハッキリと嫌いだと言いつつも、彼のことは認めている。
「それは結構。一気に去年春の状態へ戻されるのはさすがに堪えるからな」
「そんなに堪えるなら検討してみようかしら」
「冗談でもやめてくれ。考えたくもない」
「まあ、このポカーンとしたあなたの顔を見て笑うくらいで我慢しておくわ」
優愛ちゃんは取った写真を見せた。
「そんなに面白いか、その顔」
「当然。いつも先回りして人を掌の上にして経過を
画面を消してポケットに仕舞う。
「確かにそのとおりだ。向こう数年は明莉と会えないつもりでいた。それが完全に予想と予定を裏切られた形だ。嬉しいことにな」
フワッと笑ってあたしを見る。
「…あたしも…あれが間違いでよかった…」
「ま、ふたりともこれに凝りたらしっかり対策しておくことね」
「わかってるさ。明莉と会えないなんて二度とごめんだ」
放課後になり、瞬とふたりで下校する。
「それじゃ、また明日」
「…うん…」
手を振って後ろ姿を見送る。
あれ?瞬の家ってあっちじゃないはず。
疑問に思ったけど、用事があるんだろうとあまり気にしなかった。
母と夕食を囲む。
「明莉、待たせたわね。解約したから番号やアドレスは変わっちゃったけど、通信はできるわ。ただし基本料以外の追加料金があったら、前と同じくお小遣いから減らしますからね」
お母さんはあたしから取り上げたスマートフォンを差し出した。
これでまた、瞬とつながっていられる。
「…うん…ありがとう…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます