第43話:返時(へんじ)
「それで、先輩は昨日された告白、どうするんだ?」
「どうもしない。付き合うって言ってもピンとこないしな」
赤色一色に染まっていた街中は、一気にホワイトデーを意識した水色へ衣替えしている。
あの告白を見届けてからすぐ、白須賀くんは木陰を渡り歩いて優愛ちゃんに気づかれることなく姿を消した。
もちろんそのことは優愛ちゃんに言ってない。
招かれざる嫌いな人に告白の現場を見られたと知ったら、今度こそ白須賀くんと口を利いてくれないかもしれない。
返事をホワイトデーにすることをお互いに約束を確認しあって、先輩の姿が見えなくなった頃、木陰に隠れていたあたしのところへ頼りない足取りで駆けてきてへたり込んでしまった。
「これ心臓に悪いよ~。明莉はよくあんなの熱がこもった真剣な告白できたよね~」と泣きそうな声を出していた。
あの時のあたしは、もう諦めてたから不思議と落ち着いて気持ちを伝えられた。
もし優愛ちゃんがいなかったら、白須賀くんと付き合うところまでいってなかったはず。
「…おはよう…」
教室に着いて、気が重たいまま誰にともなく挨拶する。
気まずくなっている今、返事は期待していない。
「おはよう、アッキーにユーミン」
「おはよー今日はその二人で登校なんだ?」
サッチとミキチーが久しぶりに返事してくれた。
「…うん…」
「アッキー、何ポカーンとしてるのよ?」
あたしが白須賀くんと付き合ってると冬休み前に知らせてから、あたしと優愛ちゃんは周りから話かけられることがほぼ無くなった。
それが急にこうして態度が変わったことに戸惑いを隠せない。
教室の中を見渡しても、あたしに対する刺さるような視線も感じなくなった。
「…なんか…拍子抜けしちゃって…」
「あはは、どうして拍子抜けするのよ?いつもどおりじゃない」
「鐘ヶ江さん、別クラスの人が呼んでるよ!」
廊下に近い席の人があたしに声をかけてくる。
「…今行く…」
突如周りの人たちが態度を変えてきて、何が起きたのかわけがわからず、空気が柔らかくなった様子にあたしは軽く寒気を覚えた。
廊下に出ると、そこには
「…おはよう…」
「おはよう、鐘ヶ江さん。早速だけど、今から見せるものに声出さないでね?」
「…うん…」
突然やってきて、何を見せられるのか怖くなりつつも、スマートフォンの画面を見せてきた。
「…っ!」
思わず声が出そうになったのを必死でこらえた。
急に周りの態度が変わったのは、これだったのっ!?
そこに書かれていたのは、昨日白須賀くんがこぼした一言…ではなく、それを聞いた立場が違う人の意見だった。
『白須賀さんの彼女さんに冷たい態度とってるわたしたちヤバい。その態度で白須賀さんからどんどん嫌わてるっぽい!』
見ると、白須賀くんが作ったグループとは別のDirectグループだった。
「わたしからあなたに伝えることは特に無いわ。けど、これで過ごしやすくなるといいわね」
微笑みながらそう言い残して、彼女さんは背を向けて遠ざかる。
「…教えてくれて…ありがとう…」
それで…急に態度が変わったんだ。これであたしは腑に落ちた。
だからといって、あたしに対する妬み僻みが消えたわけじゃないはず。
もしあたしが白須賀くんと別れた場合に、誰か次を選ぶ際に自分が対象から外されないように表面だけ取り繕ってるだけと考えるのが自然。
でも、これで幾分は過ごしやすくなるはず。
みんな仲良く、とまではいかなくても、調子に乗って踏み込みすぎなければ波風は立たないと思う。
昨日、白須賀くんが不満をこぼした時に周りの女子が一瞬固まったのは、これが原因だったんだ。
このことは優愛ちゃんにDirectのメッセージで伝えることにした。
「ゆーま」
「どうしタ?」
廊下を歩いていた司東は、彼女に呼び止められて足を止める。
「これ、鐘ヶ江さんに見せておいたから」
ニヤリと笑みを浮かべる司東。
「…ほう、こんなことまで計算するとは、やるなあいツ。そしてありがとウ。あの二人を自発的にフォローしてくれテ」
「もし彼に何かあったら、これまでどおりゆっくり会えなくなるんじゃないかと思ってね」
「ちげーネー」
と言い、二人で笑い合った。
「しかし、彼の影響力ってすさまじいわね」
「…うん…」
休み時間に優愛ちゃんと二人でお手洗いに行く途中に、急変した態度について話をしていた。
「…あんな人が彼氏になってくれた…なんて…今でも信じられない…」
「でも彼は本気よ。少なくともわたしが見ている限りではね」
「…それは…わかってる…」
一晩経って、優愛ちゃんは落ち着きを取り戻しているけど、
心配なのは、仮に
すぐ後に進級考査がある。ショックを引きずってしまって赤点を取ったりしなければいいんだけど。
あたしは戻ってきてから、白須賀くんにある提案をした。
学校ではあまりベタベタしないこと。昼食など、女子に誘われた場合はできるかぎり応じること。そのことについて、白須賀くんに任せてあたしは一切口出ししない。
堂々と交際を公表した以上、コソコソする必要はないけど見せつけられても不快に思う人がいると思う。
白須賀くんの一言で空気が少しはよくなったものの、やり過ぎると波風が立つ。
だから少なくとも学校の中では節度をもって接するようにしたい。
『俺は明莉以外の女子は苦手だけど、明莉がそう望むなら仕方ないな』
と返事が来たけど、あたしなりに考えて出した結論だから
『あたしを大切に思ってるなら、お願い』と
念押しして納得してもらった。
その代わり、人目のないところではあたしだけを見てほしいし、いっぱい甘えたいことも伝えた。
彼の作ったグループとは別のところで、昨日言ったことが大きく影響したことを褒め称えたら
『なんだそりゃ?それはさすがに予想外だったぞ。でも空気が表面上だけでも空気がよくなったなら、結果オーライだな』
と返事があった。
狙ってやったんじゃなかったんだ。てっきりいつもの先回りをしてるのかと思ったけど、違ったみたい。
それでも白須賀くんの影響は絶大ということを確認できた。
昼休みになり、あたしは彼氏に声をかけないで優愛ちゃんと一緒に学食へ足を運ぶ。
「へー、学校じゃあまり恋人感を出さないようにするんだ?さすがに彼氏が可哀想な気もするけど、前みたいな冷遇もまっぴらだから、今度は基本的にわたしとお昼一緒ってことにしたんだ?」
「…うん…あたしが…そう決めた…」
昼休みになると、休み時間と違って一方向へ人が流れていく。
目指すはいつもの学食。
「でもさ、それ長く続けてると別れたなんて勘違いされないかな?」
「…それは思うけど…あたしは…白須賀くんを…信じてる…」
ふふっと微かな笑いが耳に入ってきた。
「強くなったね、明莉」
「…一人じゃ…できないことが多い…彼氏に頼りっぱなしで…ずっと弱いままだよ…」
「自分以外を信じることができるのは、紛れもなく強さだよ」
「…そう…なの…?」
会話をしている内に、混雑極まる学食へ着く。
二人でほぼ同時に食事を受け取って、テーブルにつく。
「あっ」
「…どうしたの…?」
くいっと箸であたしの後ろを指す。
遠くでも分かる。あたしの彼氏が食事を乗せたトレーを持って歩いていた。
そして
「塔下先輩の真向かいに座ったみたい」
「…あの二人って…仲のいいみたいだし…」
「あのおせっかい、また何か吹き込むつもりじゃないでしょうね?」
「…あたしは…何も聞いてない…」
「そうなのよね。あの人が何かやる時って、決まってソロプレイして周りをびっくりさせるから、ほんと始末が悪いのよ。しかも
「…感じ方は…人それぞれだし…いいよ…」
食べながらも、あたしの背中向こうにいる先輩を気にして、チラチラと肩越しに目線を送っていた。
そんな欠席裁判をされているとはつゆ知らずの白須賀は、一人食べ始めようとした塔下の向かいに座る。
「そういや塔下先輩、昨日吹上さんに告白されたんだろ?」
「まあな…って、何で知ってるんだ?」
「吹上さんは俺の彼女と仲のいい親友だ。後はわかるよな?」
「あー、そういうことだったか」
さすがにここまでヒントを言えば、鈍い塔下でも察することはできるらしい。
「それで、先輩はどうするんだ?」
「どうもしない。付き合うってピンとこないしな。部活は手を抜きたくないし、返事は来月にするって約束もしたから、そのとおりにするさ」
学食で二人は話をしながら食べ進める。
「俺はお前ほど器用じゃないし、両立は無理だ」
「答えはもう決まってるのか。けど先輩が言うほど俺は器用じゃないさ。先輩は吹上さんと話をしていてどう感じるんだ?」
「話やすい人だとは思うよ。可愛いとも思う」
ちらりと塔下に目線を送る。
「俺だって最初は明莉と付き合うなんて考えてなかった。全く喋らなかったから、最初はずいぶん手を焼かされたことも事実だ。でも気がついたら側にいてほしいと思えるようになったんだ」
「世話焼きな行動パターンは相変わらずだったか」
「まあな。明莉は成長しようと必死になっている。だから俺も成長しようと努力しているんだ。先輩も中学から高校に上がってずいぶん変わったと思う。けど俺から見るとその場で足を止めているようにしか見えない」
ピタリと箸が止まる。
「痛いところを突かれたな。確かにここ最近は行き詰まってる気がしている」
「だったら変わるきっかけに、吹上さんと関わってみたらどうだ?」
止まった箸が再び動き出す。
「変わるきっかけのため気を寄せてくる女を利用しろってか。胸糞悪い話だ」
「利用じゃない。共に成長するんだ。恋人と付き合ってから気づくことは多い」
「確かにお前はかなり柔らかな空気になったな」
「そうかもしれないな。行き詰まってると感じてるなら、前向きに考えてみるといい。付き合ってみてどうしてもダメなら別れを選ぶこともできる。結婚と違って言葉一つで終わりにできるのが恋愛、彼氏彼女の関係だ。先輩が彼女の気持ちを利用することになると思うならやめておいたほうがいい。けど彼女と共に歩む気が少しでもあるなら、付き合ってみるのも悪くないはずだ。俺みたいに今まで見えてなかったものが見えてくるだろうさ」
ガタッと音を立てて席を立つ白須賀。
「先輩からの返事はホワイトデーだっけ?別に言われたことを気にして拘る必要もない。吹上さんは一日千秋の思いをして待ってるだろうな。早く返事してあげるのも優しさと思えばいい」
最後の一口を飲み込んだ塔下は、箸を置いてしばらくそのまま席に座っていた。
「やはり気付いてないか。俺が吹上さんと会わせた理由については。鈍さは相変わらずだ。自分の気持ちにも鈍いから、誰かが気づかせてやらないとつい足を止めてしまうな」
ポツリと誰にも聞こえない声を漏らした。
あたしは白須賀くんと一緒に下校する。
優愛は一人で帰路につこうと思ったが、昨日の今日とはいえ塔下のことが気になって卓球部の活動場所である体育館に足を運んだ。
扉の隙間から中を覗いている。
卓の用意を終えてアップを始める部員がちらほらいた。
「先輩は、いないか」
「そこにいるのは吹上さんか?」
「ひぁっ!」
ギクーッ!と心臓が飛び出そうなほど驚く。
「と、塔下先輩…こんにちは」
「こんにちは」
体を向かい合わせて挨拶を交わす。
告白した手前、気恥ずかしさと気まずさが相まってモジモジしている。
「練習を見に来てくれたのかい?」
「はい。でももう帰ります」
「そうか」
優愛は歩き出そうとした瞬間
「ちょっと待った」
「はい?」
踏み出そうとした足を止めて、意識を先輩に傾ける。
「ホワイトデーで、と君に言われたけど、今返事する」
「えっ!?今っ!?」
いきなりすぎて、体全体がビクッと震える。
「あまり引っ張っても意味がないからな」
バクバクと心臓が爆発しそうな感覚に耐えながら、固唾を飲む。
塔下先輩は優愛ちゃんに向かい合って、ゆっくりと頭を下げた。
一瞬、ウッと顔が曇った。
フラれる。
そう思って、つい耳を塞ごうとしたその時
スッと握手の形で手を差し出して、言葉をつなげる。
「俺と付き合ってください。よろしくお願いします」
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