第39話:気絡(きらく)
「おっ、大吉だ」
おみくじを引いた
「…あたしは…小吉…」
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
「…あけまして…おめでとうございます…」
「あけましておめでとう、
元日を迎え、朝の9時集合を目指して家を出て、近くの大きな神社へたどり着く。
今日は優愛ちゃんのために、あたしがセッティングを買って出た。
塔下輩を含めた三人だけで初詣に行く約束をして、万事抜かりなし。
のはずだった。
「あけましておめでとう。ふたりとも」
その姿を見た優愛ちゃんは、慌ててあたしの肩を抱いて二人に背を向ける。
「何で!?どうして白須賀くんまで一緒に来てるの!?」
こっそりだけど強い口調で詰め寄ってきた。
「…し…知らない…本来は三人だけのはず…」
「ということは」
あたしを開放して、ついてきた余計な人を含めた二人に向き直る。
「そこで偶然会ったんだが、初詣に行くって言ったらついてきてしまったけど、いいよね?」
塔下先輩は悪びれる様子もなく言い放った。
「本当に偶然でね、ついてきただけなんだ」
「絶対嘘だ。何もかもわかっててついてきたでしょ」
優愛ちゃんはジト目でツッコむ。
そう信じて疑いを持てないほどに彼は今まで何度も何度も先回りしていた。
ぐいっと彼の腕を引っ張って二人から少し離れる。
クリスマスの時にされたとても濃密なキスを思い出してしまい、顔を真っ赤にしてしまうけど優愛ちゃんのために動いてる今、そんなことを言っていられない。
「…あたしたちの邪魔…しないで…優愛ちゃんは…じっくり距離を詰めるって…決めてるの…あたしは…その手伝いをしたくて…」
「あいつはそんな手で
やっぱり、わかっててここに来たんだ。
「何か企んでることを嗅ぎ分ける嗅覚だけは鋭いんだが、それが何かを察知できた例がないほど本当に鈍い。
それが本当なら、優愛ちゃんがどれだけ会う回数を増やしても進展は無いってことになる。
だったら…白須賀さんに任せるしかないのかもしれない。
でも…優愛ちゃんが自分で決めたことに水を差す展開だから、納得するかどうか。
そもそも白須賀さんのそういう先回りするところを嫌っているのだし、この場を任せるとまた嫌う気持ちが加速してしまう。
どうすれば…。
「…優愛ちゃん…ここは…彼氏に任せたいけど…いい…?」
再び優愛ちゃんを連れ出してあたしの意思を伝える。
「冗談でしょ?彼氏に任せるとまた心の準備ができないまま無茶振りされるのがオチでしょ」
「…先輩のことを…よく知ってるから…任せるのが一番なんだと…思う…」
「明梨がそこまで言うってことは、何か聞いたんでしょ?教えて」
「…聞いたけど…教えるのは…次の機会でいい…?」
「もう………仕方ないわね。けど次に会う時は絶対教えなさいよ」
「…うん…」
「ごめんなさい、お待たせしました。四人になるなんて聞いてなくて、状況を整理していました」
「そうだったのか。ならお前は当初予定になかったメンツだし、遠慮してもらったほうがよさそうだな」
塔下先輩は白須賀さんに視線を送る。
「そうだな、なら俺は遠慮しておこうか」
えっ?
まさかこんなにあっさりと身を引くとは思えない。
「でも一人で初詣は少々居た堪れないから、明梨をもらっていくよ」
そう言って、あたしの肩を抱いて寄せる。
「…ええっ…!?」
「二人きりにしてやれ。これでも奴には届かないだろうから、やりすぎくらいでやっと微かに何かを感じ取るくらいだろう」
こそっと耳元で囁く。
そんなになんだ…。
「ちょ…明梨!」
広げた片手を顔の前で手刀にして、片目をつぶる。
無言で「ごめん」の意思表示。
「それじゃそういうことで。いくぞ、明梨」
「奴め、結局彼女とデートしたいだけじゃないか」
隣にいる塔下先輩は半ば呆れた顔でこぼす。
違う。
白須賀くんは、目先のことだけで動くような人じゃない。
悔しいけど、それをわたしはよく知っている。
一見すると身勝手で都合のいいように動くものの、それは目くらましに過ぎない。
文化祭の時も別行動した建前と本音はあべこべだった。
それじゃ、一体何を…?
明梨は彼氏から聞いたであろう何かを、わたしに教えてくれなかった。
「まあ、あっちはあっちでお楽しみみたいだから、わたしたちも行きましょう」
「そうだな」
白須賀くんの行動にはいつも表に見えない裏がある。
それが何かわからない以上、頭ごなしに拒否するよりも置かれた状況を受け入れた方がいい。
明梨に改めて聞けば、多分納得の理由が出てくる。
ガヤガヤと賑わう神社の境内に二人で進む。
どうしてもクリスマスの時にされたキスを思い出してしまい、顔の火照りが止まらないのは困ってしまう。
そして今に至る。
お参りを済ませた後におみくじを引いた。
「…優愛ちゃん…大丈夫かな…?」
「少し食い気味に迫ってちょうどいいくらいだろうな。前みたいな引っ込み具合じゃ何の進展も望めない」
だから脈なしって思えたんだ…。
「けど一度振り向けさせてしまえば一途ということでもある」
「…そうなんだ…」
「だから二人きりにさせた。三人以上いると話や意識がとっ散らかるからな。好意が伝わるどころか、伝わらない好意の状態が当たり前になると、友達感覚であいつの認識が固定されてしまう」
「…だったら…」
あたしはスマートフォンを取り出して優愛ちゃんにメッセージを打ち込み始める。
「何を伝えるつもりだ?」
「…少し…食い気味でいくようにって…」
「やめとけ。ここで話した事情を知らずにいると、訳が分からなくて失敗するだけだ。少なくとも二人きりでいる限り、会話をしようと思えば相手は一人しかいない」
「…でも…」
「よほどの好意を見せない限り、この初詣でどうにかなるようなヤツではない。次あたりで好意に気づかせなければ、おそらくヤツを振り向かせるのは無理だ。つまり後一度だけチャンスはある」
つまり今回は優愛ちゃんにとってラストチャンスに向けて心の準備ができる最後のふたりきり。
「俺は吹上さんにならいくら嫌われてもいい。塔下先輩の扱いなら任せてほしいが、嫌いな俺の言うことを素直に聞き入れるほど彼女は器用じゃない。伝えに行くなよ、明梨。あいつは基本、
「…なら…前もってこうなるって…伝えておけば…」
「もう話がまとまっていたようだからな。それに明梨が隠して誘ってくれなかったから、仕方なく偶然を装うしかなかった。明梨以外と二人きりは慣れてないようだからな、決めの一手を打つ前にこうして二人きりにさせておこうと思ったわけだ」
手をつないで混雑している神社の境内を二人で歩く。
「…決めの…一手…?」
「それは教える。やり方は明梨から伝えてくれないか?俺から言っても反発されそうだから」
白須賀さんが言うことなら間違いは無いと思う。
あたしには思いつかない気の回し方で、無理と思ったことも次々に解決してきた彼ならば。
「…うん…わかった…」
参拝が済んだあたしたちは神社の外へ出ていく。
道すがら、その一手について聞いた。
そして向かう先は…
「あーら、いらっしゃい!あけましておめでとうございます!狭いところですがどうぞあがってあがって!」
やたらとハイテンションな母が待つ家だった。
「いつも明梨がお世話になってます!新年早々元気な顔を見られて良かったです!」
あたしはお金をかけずに過ごせる場所をあれこれ提案したけど、白須賀さんは新年の挨拶がてら家で過ごしたいと言い出してきた。
それで迷ったけど、他にいい案が無かったから、白須賀さんの提案に乗った。
「…お手洗い…行ってきます…」
あたしは三人が居たリビングから出ていく。
「ちょうど良かったわ。あなたとはお話したいと思っていました」
二人になった母が切り出す。
「単に俺を見たかったから、ではなさそうですね」
「ええ。娘はすぐ戻ってくるでしょうから単刀直入に聞くわね」
白須賀はまっすぐ母を見つめる。
「別に責めるわけじゃないけど、元日早々あなたの家族水入らずの時間を過ごさなくていいのかしら?」
「何を聞かれるのかと思ったら…うちは父子家庭です。そしてシフト休なので、今日は家にいません」
「………それは悪いことを聞いちゃったかしら?」
「いえ、このままならいずれは知られることです」
「元日も出勤ということは物流かお店かインフラか…」
「ある公務員、とだけ言っておきます」
「それで見当はつきました。それにしても、なぜ娘を選んだの?あなたならよりどりみどりでしょ」
「恋は理屈じゃない、では納得しなさそうですね。最初は喋らないことを不思議に思ってました。けれど接するうちに変わってきて、気がついたら側にいてほしい人になっていました」
「そう。娘のことは聞いてると思うけど、とても辛い過去があります。その分、幸せになって欲しいと思っています」
「はい。聞いてます。そして明梨さんには付き合ってすぐに話しましたが、実は…」
「もう娘が戻ってくる頃です。それはまたの機会にしましょう」
あたしがお手洗いから出てきたのは、この時だった。
明梨が白須賀に連れられて間もなくのこと。
どうしよう~…
何を話せばいいんだろ…
わたしは困惑しまくっていた。
絶対に
問題はどうしてこうやって二人きりの場を用意したのか。
悔しいけど、あいつの仕組んだことはほとんどうまくいってる。
いつも掌の上で転がされてる気がして心底腹に据えかねるけど、狙いどおりの結果を導く手腕だけはどうあがいても認めざるをえない。
何を狙ってるのか。それを読みとかなきゃ。
それよりも問題なのは…
「何をお願いしたんだい?」
「初詣はお願いする場ではないでしょ。一年間の感謝と今後一年間の挨拶をしただけよ」
「そうなのか?それじゃお参りし直さなきゃ」
「何度もお参りしても神様に迷惑でしょ。それにあの行列はもう並びたくないわ」
どう見ても女として…というよりも恋愛対象に見られてないこと。
お参りが終わって
ガヤガヤと賑わう境内を二人で歩く。
考えなきゃ。何を狙ってこの状況を作ったか。
…まさか単に明梨と元日デートしたいがために乱入してきたんじゃないよね…?
何か特別な狙いがあるなら、離れることなく一緒にいて誘導してくるはずだけど、それでも離れたということは…深い狙いは無いってこと?
今頃、明梨は詳しいことを聞いてるはず。
さっさと離れて何も仕掛けてこないなら、この二人きりにはそれほど重要な意味はないはず。
だったらこの機会は…
「先輩は白須賀くんとどういう関係なんですか?」
彼のことを知るために使わせてもらおう。
「一つ違いの友達だけど」
「そうじゃない気がするんですけど?」
「どうしてだい?」
「前にパン屋で自己紹介してる時に、何か隠してる感じだったから」
これは前からあった疑問。
「ああ…あいつに止められてるから、それは勘弁してくれ」
「ということは、あるのね?隠してること」
「隠してることなんて誰にでもあるだろ?君も、さ」
それはそうだ。
「それじゃ質問を変えるけど、先輩と白須賀くんはどう見ても正反対の性格だと思うけど、どうして気が合うの?」
「あいつとは幼稚園の頃に知り合ったけど、中学で学区再編成により一緒の中学になった時、あまりの変貌ぶりに愕然とした。本当に同じ人なのか、と」
「どう変わったの?」
「とてもかっ…と、危ない。知りたきゃ直接本人に聞いてくれ」
ありゃ、誘導尋問失敗だわ。
もう白須賀くんのことを聞ける空気ではなくなってしまった。
「この後どうするの?」
「特に考えてないけど、境内を出てそこらのお手頃なカフェにでも入ろうか」
一部始終全部に道筋を立てて準備と先回りする誰かさんと違って、この思いつきで行動するのが心地よく感じた。
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