第93話

 部屋に戻ってみると、桜が腕を組みながら仁王立ちをしていた。

 鋭い目つきで俺を睨みながら、頬をぷっくりと膨らませている。

 ――まぁ怒るのも無理はないよなぁ……。

 なにせもうすぐで午後九時半。

 俺がこの部屋を出て行ったのが、七時ごろだったと思うから約二時間半は部屋を空けていたことになる。

 その間に桜がいつ戻ってきたかはわからないにせよ、心配をかけたことには変わりない。


「どーこーに! 行ってたの?」

「え、えーっと、ちょっとそこまで散歩に……」

「散歩にこれだけの時間を費やさないでしょ!」


 ですよね〜。

 我ながらに無理な嘘をついたと思う。

 が、他に誤魔化せるようなことが思いつかねぇ! ここが自宅ならまだ適当なことを言えたが、旅館だと行動範囲も狭まるため、何も言うことができない!

 桜はなおも疑いの目を向けつつ、「がるる……」と唸り声をあげている。

 もうこうなったら、“コレ”を使うしかないよな……。

 俺は一回深呼吸をしてから、気持ちを落ち着かせる。

 そして、片手に持っていた小さな紙袋を桜の前に突き出した。


「“コレ”を買いに行ってたんだよ……」

「え、何?」


 桜はきょとんとした表情をしながら、その紙袋を受け取る。

 そのままなんの躊躇もなく、中身を確認した桜は……


「これって……!?」


 瞳をきらきらと輝かせながら、俺の顔を見た。


「そ、その……感謝の気持ちだよ。桜には何かとお世話になってるし……」


 本当は“親父たち”にプレゼントしようと思って、帰ってくる途中で旅館内にある売店で買ってきたんだけどな。

 お揃いのネックレス。

 先端にはハートが半分になったような形をした物がついており、二つ合わせると、ちょうどハート型になるやつ。

 親父たちはたしかに仲はいいけど、お揃いのものとか結婚指輪以外何も持っていなかった。

 別に仲がいいからといって、わざわざお揃いのものを持たなくてはいけないというわけではないにしろ、やはりこれからも俺としては仲良くして欲しい。その願いを込めて、これを贈ってやろうかなと思っていたんだが……はぁ。

 自業自得とはいえ、墓穴を掘ってしまったか?

 桜のはしゃぎ様……前から俺のことを好きだった桜にとってはとても嬉しいプレゼントであることには違いない。そこら辺は超絶鈍感な俺でもわかっている。


「ねぇお兄ちゃん!」

「あ?」

「これ、二つあるってことはもしかして、お兄ちゃんとお揃いでしょ!?」


 ここで「いや違う」とは到底言えないよなぁ……。

 同じネックレスを「二つとも桜のだ」なんて言ったら、怪しさ満点。


「ああ、そうだ。だから、一つ俺にくれないか?」

「そ、そそそそれって……もしかしてプロポーズ!?」


 桜がいきなり赤くなった頬を手で抑えながら「キャーッ!」と嬉しそうな悲鳴を上げる。


「ちょ、ちょっと待て! 何でそうなる?」


 何を聞いたら、今のがプロポーズになるんだ? 意味がわからない。


「だ、だって……“一つ俺にくれないか?”って、私の好きな少女漫画であったプロポーズのセリフと一緒だったから……エヘヘ♡」


 いや、知らねーよ!

 なんだよ。そんなキザなセリフは!?


「ち、違うんだ! 全然プロポーズとかではなくて――」

「お兄ちゃんと結婚♡ お兄ちゃんと結婚♡ お兄ちゃんと結婚♡」


 ダメだ。話が通じねえ!


「あ、そうだ。もう今から子作りでもしちゃう? どうせ結婚するんだから、私たちの子どもが早くできようができまいが変わりないよね?」

「いや、あるわ!」


 この後、誤解だという説明にめちゃくちゃ時間がかかった。

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