第17話 私でもたまには考えることくらい、あるのよ

 私とアンドレは三階層を確認し、その氷雪の世界にげんなりとしながらもイトリッツに無事、帰還した。


 『不帰の迷宮』は帰る者無きダンジョンと呼ばれている割に探索者に優しいダンジョンだ。

 階層を支配するフロアボスを倒せば、次回の探索は次の階層から始められるようになる。

 何とも親切過ぎて、気味が悪いくらい。

 階層を突破した場合は次の階層への入り口だけでなく、帰還する為の転移魔法陣まで用意されているから、その気味の悪さが分かってもらえると思う。

 テーマパークのアトラクションか!


 そして、私達はまた、支部長ベルノルトの部屋に招待されている。


「これが今回、遭遇したブルードラゴンの魔石と正体不明の鎧のお化けの魔石です」


 テーブルの上にブルードラゴンから回収されたサファイア色の魔石と鎧お化けから回収した透明な魔石を置くとベルノルトは興味深そうにそれらを手に取り、何かを確認する。


「ふむ、高い魔力が秘められているようだね。それにしても君達の経験は興味深いものだよ。今までにない報告だからね」

「その話だと普通の第一階層、第二階層は違うってことですかね?」


 アンドレはこの支部長をあまり信用していないらしくて、訝し気な視線を隠そうともしてない。

 私も信用してないけどね、この人胡散臭いからね……。


「ああ、君達のような事象に遭遇した例は今までない。五階層まで潜った中堅のCランク・パーティーがいるのだがね。彼らの報告では何の変哲もない石壁と石畳と石天井が続くだけのつまらない迷宮としか、なかったのだよ」

「では私達が体験したあの広い森や砂漠は一体、何なのでしょう?」


 迷宮が人を選んでいる?

 そんなことありえるのだろうか。

 テーマパークではあるまいし、来場一万人おめでとうのイベントだとでも言うのだろうか。

 それなら、普通に記念品をくれたらいいのに。


「それを君達に確かめてもらいたいのだよ。ブルードラゴンは本来、ダンジョンに出現するような魔物ですら、ないのだからね。期待しているよ」


 それでお開きとなって、支部長室を退室した。

 魔石分の報酬が金貨二十五枚と掛った経費を引いても十分過ぎるほどの黒字だ。

 三階層は氷雪の世界だから、今度は防寒具や冬山用の装備を買わなくてはいけないがそれを考えても余裕で豪華な晩餐を楽しめる収入だった。


 それにしても『期待しているよ』とイケボでにこやかに言われた。

 だが、具体的にやらなくてはいけない方策がない以上、ない袖は振れぬなんだよね、辛いわ。

 今、隣にはアンドレがいて、頼れる仲間で大好きな人がすぐ側にいてくれるという……それだけでこんなにも心強いものかと感動すら、覚えるほどだ。

 もし、本当に一人で冒険者になっていて、私は同じような気持ちでいれたのだろうか?


「メル、どうしたんですか? 明るいあなたから、光がなくなると何も残らないじゃないですか」


 そう言って、つい考えこんでいた私の鼻を摘まんで揶揄ってくるアンドレに本当に癒されているなと感じる。


「う、うるさいっ。私でもたまには考えることくらい、あるのよ」

「そんな難しい顔はあなたに似合いませんからね」


 アンドレの手が私の頭に置かれたかと思うと小さい子をなだめるように優しく撫でてくるもんだから、恥ずかしいけど何だか、心地良くて。

 彼の身体に微妙にもたれかかってしまった。

 無意識のうちにそうしていたものだから、気付かなかったけどこうしていると落ち着くのだ。


「買い物してから、帰ろっか」


 あまり、そうしていると自分を抑えられなくなりそうで仕方がない。

 慌てて、彼から身を離して、彼に依存しがちな想いを振り払うように明るく、笑いながら、そう言って。

 なのに二人とも無意識のうちに手を繋いでいて、今はこれくらいの距離でいいかなって、思う。


 🏨 🏨 🏨


 買い物を終え、暁の雄鶏亭に着いた頃には夜の帳が下りていた。

 この宿屋の女将さんは料理の腕にかなり自信がある人らしくて、実際その味はかなりのものだ。

 それに加えて、良心的な価格設定なので食事時には宿泊客でなくても賑わっていたりする。

 今日は運良く、すんなりと夕食を済ませることが出来たので部屋に戻ると一気に疲れが襲ってくる。


「ねえ、アンドレ。今日の買い物、買い忘れとかないよね?」

「防寒具は必須ですね。それにいざという時の為の炎魔法のスクロール、非常食とだいたい、揃っているはずです」

「何か、忘れた気がするのよ」

「俺もそんな気がするんですよ」

「「あっ、ドラゴンの鱗!」」


 うっかり、忘れていた。サンドランナーから、ブルードラゴンの鱗はいい防具になるからと譲ってもらったんだった。


「ギルドで聞いておけば、良かった」

「あの支部長のせいで忘れてましたよ……」

「うーん、まぁ、お守りくらいにはなるんじゃない? 一人一枚ずつ、お守りみたいに身に着けておきましょ」

「お守りね……。メルって、そういうの気にする人でしたか?」

「し、失礼な。私だって、一応女の子なんだよ! 占いとか、お守りとか、パワースポットとか、色々気にしてるって!」


 血圧と心拍数上がってるんじゃない?

 あぁ、疲れがどうのなんて、吹っ飛んだ気がする。

 私は今、猛烈に怒っているかもしれない。

 髪の毛が逆立ってるかも。猫じゃないからねっ!


「どうどう、落ち着いて、メル」

「どうどうって、馬じゃないわっ!」


 もっと酷いとはね。

 馬扱いとはどういうことよっ!

 でも、変に女の子扱いしてくるかと思うとこういう扱いしてくるのがアンドレなんだよね。

 しかし、惚れた弱みというものだろう。

 どうどうって言葉にイラっときているのに本当に優しく抱き締めてくるもんだから、怒るに怒れなくなっている。

 むしろ、このまま流されてもいいんじゃない?

 そういえば、キスもまだ、してないよ?

 ふと見上げて、彼の顔を見て、唖然とした。


「アンドレ……?」

「Zzz……」

「ね、ね、寝てやがるんですけどぉ」


 このタイミングでこの体勢で寝るとか、凄い特技ですねっ! って言いたいところだけど、今日は許してあげよう。

 アンドレも疲れたに違いない。

 私のことを気遣って、戦ってくれていたんだ。

 このくらい、許してあげないとね。

 彼の背中へと手を回して、労わるように私も抱き締めてみる。

 二人抱き締め合いながら、眠るなんて体験は初めてだ。

 でも、すごく疲れているし、何だか、よく眠れそうだわ……。

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