04.立ち塞がるはただの壁
黄の国ナルギットに入国してから数十分後。
敵の住処を知るレンリに案内され、シキ一行は繁華街を外れた裏路地へと訪れていた。
一見して何もない、建物と建物の間にある行き止まり。人目も無ければ目印になるような物も無い、ごくごくありふれた裏路地の一角を指差し、レンリは立ち止まる。
「ここだ」
「……何も、無いように見えますが……」
「何にも無いのよ、本当に。ねぇ、ここからどうやって行く訳?」
「目の前の壁が入口となっている。お前達、準備はいいな?」
一層敵意を研ぎ澄ませたレンリは、ちらりと振り返り一行の顔色を伺う。
壁が入り口と聞き、一瞬驚きを見せるシキ達。だがこれから戦う相手を意識して、シキはゴクリと息を飲み込み頷く。それに合わせ、他の水面小さく首を縦に振る。
「よし……では。奴の住処へ行くぞ……ッ!!」
薄っすらと血管の浮き出た右腕を前へと突き出し、レンリは意を決すると共に入口とされる壁へ触れた。
膨大な数の魔物さえも従えさせる魔術を扱う、赤の国が刺客の一人ヴァーミリオン。その研究所には連れ去られた人間や実験の贄にされた魔物や動物が多くおり、今もなお苦しみ続けている。
洗脳魔術の呪縛から解き放つその時まで、彼らもまた一行の敵として現れるかもしれない。
この先には、いったいどれだけの敵が待ち受けているのか。
胸の鼓動と共に緊張感は増し、それぞれの武器を持つ手に力が入った。しかし。
「…………」
「…………レンリ。早く向かうぞ」
「……レンリさん?」
いつまで待っても敵の住処は現れない。
それどころか、何一つとして変化が起きないのである。
「何やってるの、助けに行くんでしょ!」
「違う、違うんだ。無いんだ、どこにも」
「無いって、何が」
「何も無いんだ。入口らしき仕掛けも魔術も。目の前にあるのは、本当にただの壁なんだ……」
レンリは呆然と立ち尽くしていた。
ヴァーミリオン達と共に現れた地にて。記憶に刻まれた研究所への道を前にして。信じていた記憶との乖離を目の当たりにして。レンリはまたしても、自分を疑ってしまう。
「間違って……いたのか? 俺はまた、騙されていた、のか?」
信頼して着いて来た仲間達を、自分の失態のせいで裏切ってしまった。恩人であるオームギに対し、取り返しの付かない状態にさせてしまった。橙のエーテルコアが解析されれば、エルフの過去が暴かれてしまう。
言葉にならない後悔と共に、レンリは自分を失いかける。この先どうすればよいのか。それこそ死んで詫びた方がいいのではないかと、邪な考えが頭を過ぎる。
呼吸を乱し動揺するレンリを見て、オームギはすかさずフォローに入った。
「待って待って! レンリは本当に騙されていたの? ここに入口が無いっていう証拠はある訳!?」
「……証拠も何も、ここに入口は無いんだ。それ以外の事実がどこにある」
「だったら賢人の生き残りとして言わせてもらうわ! 有るものを無いと思わせる。認識を阻害する魔術は、相反する答えを入れ替える事で成立させているの。もしヴァーミリオンも同系統の魔術を使っているなら、本当はここに入口がある可能性だって否定出来なくなる!」
「だとしても、そもそもこんな異国を経由していなければどうする。言うならば敵地のど真ん中と言えるナルギット国内に、研究所を構える幹部がどこにいる。最初からこんな所、通っていなかったんだよ」
ただ、目の前の真実だけがレンリを苦しめる。
底の見えぬヴァーミリオンの策略に、一行はひたすらに乱される。
「それも否定するわ! 言ったでしょ、認識の阻害は相反する答えを入れ替えてるって。道筋全てを誤認させる事なんて不可能なのよ。少なくとも私は、そんな魔術聞いた事が無いっての!」
「だが……」
「ああもう! 貴方達も何とか言ってやってよ! エリーゼ、現代にはただの壁から外の国に行ける魔術とかない訳!?」
「そんな魔術があったら、今頃みんな使ってますよ……!」
現代魔術に精通しているエリーゼは、オームギの浮かんだ僅かな可能性を否定する。
オームギの知るこれまでにも当然、遠く離れた地へと転移する術など聞いた事が無かった。エリーゼの言う通り、転移の術があればそれこそ世界の常識が覆っているのだ。
しかし違った。オームギの言葉を聞いて、一人だけはその可能性を知っていた。
「いやある。あるはずだ。エリーゼ。あの屋敷で、紫の炎使い共と戦った時の事を思い出せ……!」
「えっ……。あっ! た、確かに、あの二人は何もない空間から消えて行きました。しかもその先は恐らく紫の国、ダーダネラ……!!」
「外の国へと繋がる魔術は、存在する……!!」
失いかけた僅かな可能性のその先へ、乗り越えた過去が紡いでいく。
未知を乗り越える『記憶』を、彼らは持っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます