06.己の存在
シキの首に伸びた大鎌は、硬い感触と共に強い抵抗を覚える。
取った。
オームギの手に力が入り、シキの首に通った硬い骨を切断しようとした。しかし。
「なっ……に!?」
大鎌の刃はゴリゴリと硬いものに触れ、だが首を跳ね落とす事なく、その刃は粒子となって虚空へと消えていた。
オームギの手には刃を失い棒だけになった大鎌が残り、そして再び鋭い刃を出現させる。
「エーテルの……刃!?」
瞬く間の出来事に、エリーゼはかろうじて認識出来た大鎌のカラクリを口から零す。
「もし、エーテルごと忘却する事が出来たなら。それでもお前は、私達の命を刈り取るのか?」
「ふざけた事を……! 貴方の持つそれは何なの!?」
オームギからは、シキの大きな姿がやたらと恐ろしく映っていた。絶対無敵と信じていた己の刃を、偶然出会ってしまった名も知らぬ男に砕かれたのだ。
シキは振り返る。その手に持った暴食の名を持つ短剣を掲げ、夢物語の実現方法を口にする。
「
中央から宝石が抜け落ちたように穴の開いたその短剣は、記憶の完全消却を可能にするという。賢人と呼ばれた生き残りは、ありったけの知識を振り絞り、そして彼の持つ魔道具の正体に気づいた。
「大罪武具の一つ……!! どうしてそんな物を貴方が!? それはあの大国の所有物のはず!!」
「やはりお前も知っていたか。ならば話が早い」
そう言うとシキは突然短剣を振り被り、オームギの側へと投げ捨てた。
「生憎と拾い物でな。私には記憶の消し方までは分からぬのだ」
「ッ!? なんのつもり……!!」
短剣は地面を滑り、白の魔女のブーツへと触れ動きを止める。それを確認したシキは話を続ける。
「そこで相談だ賢人よ。私達がコアを手に入れた後、お前の手によってここに関する記憶を消してくれないか? 信頼出来ないというなら、お前が満足するまで好きに消してくれて構わない。だから、この地に眠るコアを手に入れるまで、私達を見逃して欲しい」
おおよそ正気とは思えない提案に、流石のオームギも彼の言葉が上手く頭に入らなかった。恐る恐る手元へと転がって来た短剣を拾い上げ、エーテルを流し込むと共に短剣は本物であると再認識する。それと同時に、彼の言動は本気であると感じざるを得なかった。
「し、シキさん……良いのですか? あれはシキさんが旅をする上で、かけがえのない大切な物のはず。それに、彼女が本当に必要な記憶だけを消すだけとも限りません。こんな提案、とても正気とは思えません……!」
エリーゼは説得するが、シキは無言で首を横に振り彼女の言葉を聞かなかった。
「なっ……もう! ネオンさんも彼を説得して下さい!!」
エリーゼの戸惑いの矛先は、話を聞いているだけだったネオンへと向く。しかし。
「…………」
ネオンはエリーゼとシキを交互に見た後、エリーゼの言葉を否定するように首を一振りした。
仲間の言葉を突っ返してでも、シキは提案を飲んで貰うべく白の魔女を見つめ続ける。確固たる意志を前に、賢人は熟考する。
正直言って今この瞬間に彼らを殺してもいい。暴食の短剣などオームギも噂には聞いた事がある程度。ましてや記憶の消し方など、手にしてすぐ行える事でもない。ともすれば、これは時間稼ぎの可能性すらあった。
唸り声を上げ、オームギは判断を決めかねる。
「…………一つ。一つだけ」
しかし、ここで殺してしまうには何か惜しいと感じる自分がいた。
決断を揺るがすもの。それはコアを集め、そこに眠る記憶を探しているという目的だ。記憶を集めるためこんな地まで迷い込んだ彼が、自ら記憶を消す手段を渡して信頼を得ようとして来たのだ。
だからオームギは、一つだけ。たった一つだけ聞き、彼の真意を確かめた。
「記憶を集めて、貴方は何をしたいの?」
シキは深く目を閉じる。じっくりと、ゆっくりと。彼女の言葉を咀嚼する。記憶を回収するという旅の目的。その目的を達成した先にある、シキという男の目的。
その答えは、考えるより先に口に出ていた。
「…………私は」
胸が熱くなる。鼓動が、心の奥から沸き立つエーテルが、男の情熱を沸騰させる。
「私は、己の存在を今一度確かめたい」
何故一度死んだのか。どうして再び命を得たのか。記憶を持たなかった男は、世界中を旅しながら記憶を取り戻して行く。
己が何者なのか確かめ、シキという男の物語を書き記す。明日へと歩みを進めるため、過去を知り、今を追い求める。それが再び目覚めた、シキという男の人生であった。
自分の存在を世界から隠そうとしている賢人と、世界から自分を探し求めている男。立ちはだかった真逆の存在は、彼女に何をもたらすのか。
「……分かった。ただし一つ、条件があるわ」
唯一の生き残りは、彼の言葉を信じてみる事にした。
「エーテルコアはこの砂漠の中にある。間違いなくね」
「なっ……! それは本当か!?」
「間違いなくと言っているでしょう。でも、それがどこにあるのか私には分からない」
「どういう事だ……?」
「話は最後まで聞きなさい。この砂漠のどこかに、私の同胞が使っていたコアが眠っているはずなの。私はそれを回収し、エルフの居た痕跡を消し去りたい。そのために、もうずっとこの砂漠に住んでいるわ」
徹底的にエルフという存在を過去にし、歴史の闇へと消え去りたい。たった一人生き残った賢人の、この世界で生きるために辿り着いた唯一の道。
果てしなく遠くて、何度も挫折してしまいそうになったその道を、旅人達は歩き抜くと言い出したのだ。その問いは優しさであると同時に、終わりの無い時の狭間に閉じ込めるとも同義であった。
「この広大な砂漠の中から、たった一つの結晶を探し出す。私が百年以上かけて出来なかった事を、成し遂げると言っている。その覚悟が、貴方達にはあるかしら?」
だが、男は答える。その道はただの通り道に過ぎないのだと。この道は必ず歩き抜くと、己の言葉で、断言する。
「当然だ……ッ!!」
曇り無き声を聞いた白の魔女は、ニカっと笑いとんがり帽子を深く被る。百年ぶりの出会い人は、とんだ曲者のようであった。
「よろしい! では早速、この無限に広がる砂漠から過去を探しに行こうじゃないか!!」
旅人と賢人。二人の全く違う時の流れは、同じ秒針を指し動き出す。
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