38.目を覚ませば明日が始まる

「ここ、は……」


 頭が痛い。身体も痛い。それも全身だ。


 シキは朧気な意識と共に起き上がると、そこはどこか年季を感じる建物一室であった。


 身体にかけられていた布を避け、床へと足を下ろし立ち上がろうとする。しかしふらりと力が抜け、シキは倒れそうになった。


「もう、何をやっているのですか」


 首よりも下、懐辺りから冷徹な少女の声が聞こえて来た。


 視線を下してみると、慌てて椅子から立ち上がったエリーゼが、読んでいたであろう本を閉じシキの身体を支えていた。


 彼女の力を借りながら、シキは再びベッドの上へと戻り腰掛ける。


「あれから、どうなった?」


 紫炎の者達との戦いからどれだけ経ったか。

 双子が炎に飲まれると共に、シキも意識を失っていたのだ。


「奴らが消えたと思ったら急にあなたが倒れたのですよ。どうしようかと慌てていたらネオンさんが現れて、そして……」


「紫のエーテルコアを埋め込んだ」


「……ええ。そうです。驚きましたよ全くもう。それからは残った魔物を退治したり、皆で屋敷を脱出したり、この出来事を北西の屋敷に伝えたり。とにかく後処理が多くてとても大変でした」


 頬を膨らませながら怒る氷の使い手。しかしその表情はどこか、態度ほど怒ってはいないように見えた。


「ちなみに、あれから何日経った?」


「五日です。五日も寝続けるなんて、私なら祖母に怒られるのが怖くて絶対に出来ないでしょうね」


「五日も休まれたらそりゃ困るだろうさ」


 他愛もない会話を繰り広げていると、誰かが階段を上がって来る足音が聞こえた。


 ギギギ……と扉が開くと、そこへ現れたのはなんとネオンであった。


「…………」


「ネオン、お前は無事だったか?」


 こくりと、寡黙な少女は小さく頷く。


「そうか。それは何よりだ。それでどうしたのだ? 何か用か?」


 ネオンはしばらくシキを見つめていた。


 五日ぶりに目を覚ましたというのに、この男はなんて態度を取っているのだろう。


 傍から見ていたエリーゼでも分かるネオンの感情を見ながら、エリーゼは再び立ち上がる。


「ネオンさん、そろそろ食事の時間でしたね。参りましょうか。それで、そこの頭の中まで満身創痍な怪我人さんはどうしますか?」


「ん、ああそうだな。そう言われると空腹で目が回りそうだ。私も同行したい」


 そうですか。と軽く返事をすると、エリーゼは彼に肩を貸しながら食事が並ぶテーブル前へと案内する。


「それでは今日は……いつものようにホットサンドにしましょうか」


 その言葉を聞いたネオンは、待ってましたと言わんばかりに耳元をピクリと動かした。当然、その表情は僅かにも変化をさせずに。


 食卓へ運ばれてきたホットサンドを食べながら、シキとエリーゼは空白の五日間を埋めるように雑談を繰り返していた。


「なんと、あのばあさんやけに強いと思ったら、王国と繋がりを持っていたのか」


「ええ、私も実際に会いに行くまで知りもしませんでした。まぁよくよく考えてみたら不思議ではなかったのですけどね」


「そういうものなのか。それで、盗賊団の方はどうなった?」


「さぁ。何をしているのでしょう。盗みなどは行っていないと聞いていますが、付近でなにやらまた企んでいるようですよ」


「奴らも懲りないな。……ま、その元団員である私が言っても説得力が無いだろうが」


「あれ、いつの間に脱退したのです? 現役ではないのですか?」


「確かに届けは出していないが……現役扱いなのか!?」


「…………」


 熱さとの格闘にも慣れたネオンは熱々のホットサンドを軽々と平らげる。


 色々と驚く事やツッコミたい事は溢れていたが、とりあえず今後についてどうするか決める事にした。


「では、東の関所方面へ向かうのですか?」


「ああ。北側は、盗賊団の話では通り魔の噂など聞かなかったらしいからな」


「記憶を奪う通り魔にその短剣、そしていずれ来たる戦争にダーダネラと言う国。世の中私の知らない事ばかりで、情報収集だけで一日が終わってしまいそうです」


「教科書に載っている内容だけでは分からない事が多いだろう?」


「かといって、教科書の内容は覚えておいて損は無いと思いますが」


「…………!!」


 熱々の限界に挑み過ぎたネオンへ水を流し込むと、シキ達はゆったり食事を終える。


 そして次にどんな行動を取るかと思えば、シキはもう身支度を済ませ旅に出る準備をしていたのだ。


「そんなに急いで。まだ怪我だって完治していないのですから、ゆっくりしていてもいいでしょうに」


 荷物をまとめたシキはネオンと共に一階の魔術雑貨屋へと降りる。


「一日ダラダラと過ごしたら取り戻すのに二日かかってしまうからな。それが五日と来れば焦りもするさ」


「気絶して眠っていたのはダラダラ過ごしていたとは言いません!!」


 マイペースを通り越して自己中なシキに、たまらずエリーゼは怒鳴りをつける。


「……だとしても、ジッとしているのは性に合わないのだ」


「だからって……」


 病み上がりのシキの足を止められなかった事に少し後悔しながら、三人は店の前へと移る。


 するとそこへ、店内で作業をしていたエランダが姿を現した。


「なんだい。もう出ていくのかい」


「ああ。世話になったな。エランダよ」


「次こそは客として来てくれよ」


「善処する」


「何が善処だ全く。忘れ物はないだろうね? うちの配達サービスは商品だけって決まってんだよ」


「大丈夫だ。問題ない。……しかしエランダには迷惑をかけたな。首飾りの事も、北西の屋敷にしても、エランダの活躍によって事が丸く収まったと聞いている。本当に感謝しているぞ」


「そうかいそうかい。……で、次の旅先は決まったのかい」


「東の関所へ向かう事にする。北は望みが薄いのでな」


「そうかい……。それで、例の国に寄る予定はあるのかい」


「……例の、国!!」


 脱力感から話を聞いているだけだったエリーゼが、とある国の話題に対し思わず反応した。


 どの国とは言わなくても分かる。紫の兄弟が緑のエーテルコアと共に消えた、因縁の場所だ。


「……もちろん、ひとまずのゴールはそこと決めた。そこに行けば必ずエーテルコアがあるのだからな」


 シキ達はその国へと向かうらしい。

 兄の手がかりがあるというあの国に。



「…………シキさん」



 声をかけられたシキは振り返る。

 そこには、何かを言い出したそうにもじもじと悶える、氷の魔術師が立っていた。

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