19.漢と漢の戦い

 戦いが始まった。


 昼を過ぎた頃。仕事を終えひと眠りついていた盗賊団は、裏切者とお宝を求めて休む間もなく休みの魔術雑貨屋を襲っていた。


「シキてめぇ! よくもアネさんを! 裏切りやがったな!!」


「別に! 裏切ったつもりなどっ!! ない!!」


 分厚い刀から放たれる嵐のような激しい斬撃が、何度もシキの身体を切り裂こうと右に左に襲い掛かる。風で出来た馬に騎乗しているせいで思うように攻撃も届かず、シキは苦戦を強いられていた。


「ふざけんな!! 俺ぁお前の話を聞いて、お前達の出で立ちを聞いて、俺が、俺達が守ってやらなきゃならねぇって思ったんだぞ!! 他のみんなだってそうだ。お前達を兄弟として迎え入れてやったのに、また騒がしくなると思っていたのに、それを……お前はよォ!!」


 ストウムは感情に任せ刀を振り回す。シキは宝石の抜けた短剣を抜き出し、振り下ろされる刃を何とか受け止める。


「全てが全て嘘という訳ではない! それに騙した事は悪いと思っている……。こちらにも事情というものがあるのだ!!」


「んな事知らねえ! アネさんを裏切った。俺達の事も裏切った。それだけで俺の腸は煮えくりかえっているんだよ裏切者があああぁ!!」


「ぐっ……はっ!!」


 力負けしたシキは、ストウムの振るった腕の力の分だけ宙を舞う。


 ざりざりと地面で肌を引っかいた後、片肘をついて何とか立ち上がる。その様子に遭遇したエリーゼが、ボロボロの状態のシキに向けて声をかけた。


「シキさん大丈夫ですか!? あれだけ言っておいて全くではありませんか!!」


「生憎と……、私のエーテルは見ただろう。片手を振るうだけで勝利を掴める強さなど、私は持ってはいない……!」


「何をおかしな事を……。そんな調子で、勝算なんてあるのですか!?」


「もちろん、常に考えている! エリーゼ、お前の術で何か武器は作れるか!?」


「こんな槍ならいくらでもっ! と言っても、もっぱら飛び道具として扱っていますが」


 エリーゼに言われシキは辺りを見渡す。すると、戦いの最中に彼女が放った氷の槍がちらほらとまだ溶けずに転がっていた。


「いやそれでいい、一つ貰っていくぞ。他には?」


「思いついたものなら何でも……!!」


 会話を続けながらも、エリーゼは別の盗賊との戦いを続ける。飛んできた竜巻を巨大な氷の盾で防いだのを見届けると、邪魔にならないよう最後に言葉を残して彼女の元を離れる事にした。


「了解した……!! エリーゼ、隙を見つけたらでいい。とにかく出来るだけ多く武器を生み出し、辺りへばらまいてくれ!!」


「分かりました! でも普段飛び道具扱いしているんです。当たっても知りませんからね!!」


「それはその時だ……!!」


「ゴチャゴチャと相談してんじゃねぇ!!」


 エリーゼとの打ち合わせも長くは続けさせてくれない。会話を終えるとほぼ同時に敵の攻撃がシキに襲い掛かる。


 ストウムは立ち上がったシキを見つけると、笑みと怒りで溢れた笑顔を作っていた。


「東の関所前ん時は世話になったなぁシキ! こうしてまた敵対すると、やっぱお前は嫌いだぜ。食らいやがれ!! 猛・風・斬レイジング・ブレイジングゥ!!」


 ストウムは下からすくい上げるように刀を振るう。発生した斬撃は稲光放ちながら円形となり、衝撃を浴びせようとシキへ追尾するように襲い掛かる。


 素手で立ち上がるシキに防ぐ手段は見当たらない。


 勝った。


 ストウムが左の口角を上げ、勝利を確信した。その時だった。


 ガキン!! と音を立て、円形の斬撃は明後日の方向へと受け流されたのだ。


「あ……ん……?」


 ストウムは口角を上げたまま、しかし眉を下げ不可解な現象へ疑問を持った。


 素人が素手で受け止められるような攻撃ではないはずだ。だったら何か。


「私もお前は……苦手さッ!!」


 ストウムの左肩に、強い衝撃が走った。

 思わぬ一撃に、重心は崩れストウムは落馬する。


 風馬が消えると同時に、目の前に立つシキの姿が鮮明に映っていった。そう、その手に持っていたのは。


「……氷の、槍ぃ? はっ!? あのエリーゼとかいう嬢ちゃんの武器じゃねぇか……!!」


 慌てて放った斬撃の行方を追いかける。そこには、同じく氷の使い手が残した巨大な氷の盾がそびえ立っていた。


「今回は私の勝ちだなストウム。戦いが終わるまでそこでジッとしていろ。他の奴らを倒した後、話はゆっくりと聞かせて貰おう。ではな」


 捨て台詞を吐いたシキはその場を後にした。


 何が起きたか把握するよりも前に敗北を言い渡された男は、納得など出来はしなかった。


 だから、彼はまだ負けてなどいなかった。


風馬一閃、ふうまいっせん、疾走迅雷しっそうじんらい!!」


「なにっ!?」


 シキは思わず振り返る。

 彼を目掛けて、風で出来た馬が猛突進して来たのだ。


 寸前のところでかわしたシキは馬より先の、倒れているはずの男の方へと視線を向けていた。


「おいシキぃ……。片腕やられた程度じゃあな、俺らの中ではまだかすり傷って言うんだぜ。まだ教えてなかったな」


「……全く。そのクドさ。無理に何度も酒を飲ませようとした時もそうだ。だから私はお前が苦手なのだよ」


 改めて構える。シキは氷で出来た槍を。ストウムは刃の分厚い刀とアネさんから与えられている風馬を。


 絶対に負けられない。

 敵対する二人は、偶然にも同じ事を強く意識していた。


 第二ラウンドは、瞬きをするより先に始まった。

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