04.この世界の摂理

 食事を終えたシキ達は一階に降り、魔術雑貨屋の入口前に移動していた。


「とりあえず、どんな物が欲しいか希望などあります? 私が選んであげましょうか?」


 エリーゼは腰に手を当てながら、腕を組み考え込んでいるシキの顔色を伺った。


 それに対しシキは、食事中に考えていた二択を率直に伝える。


「金か力が欲しいな。何か良い物はあるか?」


「えっ……。そんな物あったら私が欲しいですよ。何を言っているんですか」


 エリーゼは軽くシキの発言に引きながら、彼の言動を怪しむ。

 そんな彼女の表情を見て、シキは自分の頭をトントンと叩きながら呆れる。距離感を掴むのが難しい彼女へ、シキはもう一度伝えたい内容を丁寧に説明する事にした。


「…………すまない、言葉が足りなかった。盗賊に勝てそうな道具か、関所を通れるような高価な物が欲しいという意味だ。いきなり蛮族のような欲求をした訳では無い」


「あぁなるほど。そういう事ならそうと言ってください。でしたら良さそうな物を探してきます。少々お待ち下さいませ~」


 ふらりと風のように店内へ入って行ったエリーゼを見送ると、シキは大きく溜め息を吐いた。


「初対面の相手にやけに辛辣ではないか? 全くどういう教育を受けたのか。親の顔でも見てやりたいものだ」


「ババアの顔だったら見せてやるよ」


 突如、シキの背後から老婆の声が轟いた。


 思わず振り返ると、いつの間にかエランダがシキ達の後ろへと移動していたのだ。


「……この店は二人で経営しているのか? それににしては立派な建物だと思うが」


 シキは巨岩に囲われた一際大きな外観を見渡す。


 以前訪れた商店街にも同規模の店はあったが、それはどこも客の絶えない人気店であった。


「ここはアタシが旦那と結婚した時からやってんだ。それから娘が産まれ結婚し、さらに孫も二人出来て、多かった時は一家六人でやってたもんさ」


 エランダは雑貨屋を眺め過去を懐かしみながら、店が出来てからの来歴を語ってくれた。


「旦那がぽっくり亡くなってからはアタシが店主になった。それだけなら大して気にしなかったんだけどねぇ。どいつもこいつも勝手にいなくなって、全くうちの家族はわがまま者ばかりだよ」


 シキは話をするエランダをじっと見ていた。淡々と話す彼女の言葉には、寂しさだけではない別の感情が込められているように感じた。


 その感情に、シキは見覚えがあった。


「まさか、消えた……のか?」


 目を丸くしながら、シキは彼女へと問いかける。


「……どうしたんだい急に。何をそんなに驚いているんだい」


 エランダは否定しなかった。それどころか逆にシキの様子を不思議に思ってきたのだ。


 感情を掻き立て上げるようにシキは心臓の鼓動が早くなる。聞きたい、知りたい。自分が今いる世界がどうなっているのか。この世界の違和感は何なのか。


「エランダ! 連れ去った奴は誰か覚えているのか? そいつは明るい髪色をした女だったか? 近くで医者がいなくなったという話は聞いた事がないか!? そうだ、このあたりに医者の老人は来なかったか? 記憶を失った者が現れなかったか……!?」


「ちょっと待った! あんた何を言っているんだい!? あんたの言っているような人物は誰も知らないよ。それに孫が連れ去られたのは十年も前だ。あんたの探している人とは別人じゃないかい?」


 取り乱すシキを前に、エランダは逆に冷静になっていた。


 人が消えるという事はこの世界では珍しい事ではない。

 しかし、彼の言う人物については全くをもって知らなかった。


「十年前……だと……!?」


 シキは驚く。彼は半年ほど前に消えた老人を探していた。数年前から人を攫っていた少女を彼は知っていた。

 しかし十年だ。老婆は十年と言ったのだ。この世界はどこまで乱れているのか、シキはぶつけようの無い怒りを覚えた。


「……あぁ、十年前さ。あの子が、エリーゼがまだ六歳の時だ。あの子には六つ年上の兄がいたが、その兄が攫われた。それが十年前の出来事さ。旦那が亡くなってから丁度一ヵ月経った時の事だ、今でも鮮明に覚えているよ」


「兄が……そいつは帰って来てないのか?」


「帰って来るもんか。挨拶もせずに消えた人間には二度と会えない。それがこの世界の摂理だよ」


 ギチリと。奥歯を噛む力が強くなる。当たり前に人が消える世界に私は立っているのだと、シキはその足に力を入れ大地を踏み締める。


「それで、諦めたのか? 摂理だから仕方ないと、消えた家族を諦めたのか!?」


 悪い癖だ。自分が気に入らない事を放って置けない。それが半年前だろうが十年前だろうが。シキは自分の性格を自覚しながらも、しかしその言葉を発さずにはいられなかった。


「アタシは諦めたよ。どこかで生きていてくれるならそれでいいと。でもうちの娘夫婦は諦めなかった。エリーゼをアタシに預け、二人でどこにいるかも分からない息子を探しに行った。でもそれっきりさ」


 六人家族が五人になり、四人になり、そして二人になった。

 目の前にある立派な魔術雑貨屋は、多くの汗と涙の上に続いていた。


「あの子が強い物言いをするのはアタシの教育のせいさ。一人でも強く生きていけるよう頑丈に育てた。口が悪い時もあるが、ムカついたり恨むならアタシを恨みな」


 そう吐き捨てると、エランダは話に区切りを付けるように、静かに店の中へと戻って行った。


 シキは何も言えなくなる。今はただ、その場に立ち尽くしている事しか出来なかった。

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