17.ターゲット

「それでアイヴィ、新たに得た情報と言うのは何なのだ」


 噴水のある広場に移動した三人は、通り魔を捕えるため作戦会議を開いていた。


「襲われて初めて、分かった事があるんだ」


 アイヴィは噴水を背に、両手を腰に当て話し始める。


「あの通り魔はエーテルの術を使って奇襲を仕掛けてきたの。しかも顔より上の位置、高所からの一撃をね」


「高所か……。確かに住宅街や商店街の路地裏など、事件現場はどこも高所の多い所ばかりだな」


 今までに得ている情報と照らし合わせ、彼女の話す内容を整理していく。


「次に、攻撃を受けた部分が赤く腫れて炎症を起こした。ひりひりとした痛みを感じた直後、意識を急速に奪われていったんだ」


「エーテル術にそのようなものはあるのか……?」


「もちろん。エーテルと命が密接に関係しているのは知ってるかな? 他人のエーテルへ過度に干渉する事で、心をかき乱したり、意識を奪ったり、さらには記憶障害を起こす事だって出来るんだ。当然、並みのエーテル使いじゃそんな事出来はしないけどね」


「記憶障害……」


「そう、だから君も興味があるんじゃないかなーって。と言っても、全ての記憶を消し去るなんて、聞いた事ないけど……」


「でも、その通り魔は記憶障害を意図的に起こす事が出来る」


「……そういう事。わたしも出来る限り抗ってみたけどダメだった。目が覚めたら、襲われた前後の記憶がほとんど残ってなかったの」


「なんとか守り抜いた記憶がその二つ、という訳か……」


「ごめんね、あんまり役に立たなくて」


「馬鹿を言うな。襲われて命の危険すらあったのに、それでも今後に繋がる事を考えて行動したのだろう。それだけで十分称賛に値する」


「優しいね。君は」


「ふん、お前がストイックなだけじゃないか」


「んふっ、かもねー」


いつもの調子で、アイヴィは気分屋な返事をする。


「そこで、わたしはある作戦を考えたんだ。どんなのだと思う??」


「なんだ、勿体ぶらずさっさと話せ」


「もー分かってないなぁ。それを今から説明するんだよっ」


 アイヴィは道具屋で買った街の地図を広げ、赤色のペンで印を付けていく。


「バツ印がこの街で通り魔が現れた場所だよ。そして昨日の私で七人目」


「一ヶ月も経たずにこれほどとは……」


「そこでわたしは、この街の住民が犯人じゃないかと睨んでいるんだ」


「確かにそう……だが」


 シキは納得しかけた。しかし何かが引っ掛かり言い淀む。


 それは、サラから聞いた情報だった。


「サラが言っていた。他の街でも通り魔が現れ人を攫っていると。この街の住民がやっているなら、わざわざ離れた地まで行って通り魔を繰り返す必要があるか?」


 アイヴィはペンの頭を唇に当て考える。


「離れた地……んー確かにそれは変だね。サラちゃんは他に何て言ってたの?」


「襲った相手の記憶を奪い、そしてそのまま連れ去ると言っていた」


「でも、それってちょっとおかしくないかな? だってこの街の被害者は、誰も居なくなってないよ?」


「サラは目的を持って攫っているのではないかと睨んでいた。彼女の話によれば、腕の立つ冒険者や名の知れた騎士、それに隣町の医者も攫われているらしい」


 又聞きした情報をアイヴィへと伝える。しかし、シキは自分の言った言葉に引っかかった。


「待てアイヴィ、被害者は誰も消えていないと言ったな。彼らの襲われた時と場所、それに職業はどのようになっている?」


 アイヴィは地図を使いながら、一人一人説明していく。


「一人目は魔物討伐で有名な冒険者。夜に酔って単独で歩いていたところを襲われてるね。二人目と三人目は同じパーティの一員で、それぞれ別行動中に襲われてる。四人目と五人目はそれぞれ流れのエーテル使い。仕事を求めてこの街に来たようだけど、一人は日没頃に、もう一人は深夜に単独行動中の時に襲われている……」


 バツ印の横に情報を書き加えながら、説明を続ける。


「六人目はシキくんが運んだ冒険者で、本業はわたしと同じ賞金稼ぎ。同じく通り魔を追ってこの街に来たようだけど、一昨日の夜襲われている。そして七人目はわたし。街に来た理由は知っての通りで、昨日は君を探して街中を歩いてたんだ。そしたら突然……」


 申し訳なさそうに話すアイヴィの姿が胸をざわつかせる。

 感情を振り払うように地図へと視線を落とし、情報を整理しながら通り魔の目的を考察する。


「時間は日が落ちてから深夜、場所はこの商店街を中心としているな。被害者は全て外から来た人間か。それに、全員が単独行動中に襲われている……」


 地図をまんべんなく見ていると、ある施設の存在が目についた。


「この街、やけに病院が少ないな。『ミコノスの宿』近くにある病院を除けば、小さな診療所が点々とあるだけのようだ」


「だってこの街には一番の名医がいるんだもの、みんなそこに行くんじゃない?」


「一番の名医?」


「ん?? 何不思議そうな顔してるの? この街で一番と言えば、サラちゃんの事でしょ」


 当たり前のようにアイヴィは話すが、シキはその情報が間違えている事を知っていた。


「一番の名医はサラではない、彼女はその弟子だ。本当の名医と呼ばれる男は失踪している」


「えっ!?」


「なんだ、お前も勘違いしていたのか。サラが言っていたぞ、名医と勘違いされて困っているって……」


 ぞわりと。


 説明をしている最中に何かへ気づき、鳥肌が立った。


「……アイヴィ、被害者は襲われた後、どこで治療したんだ?」


「どこって、みんなサラちゃんの所に連れていって、治してもらったって聞いたけど……」


「冒険者以外にも連れ去られた者がいる。隣町の医者や、名医ミストラル……!」


「待って、シキくんどういう事なの……?」


「通り魔は一人で居る相手を狙っていた! だがサラは宿に住み、治療もそこで行っていた。だから狙えなかったのだ!!」


 シキは立ち上がる。通り魔の狙い、次の被害者を守るために。


「サラはよく買い出しをしている。毎日のように被害者が出て、治療道具が足りなくなっているからだ。だが、それこそが通り魔の狙いだった!!」


 シキは、宿を目指し走り出そうとした。しかしアイヴィは咄嗟に呼び止める。


「待ってってば! 今宿に帰っても居るか分からないよ!」


「なにっ!? どういう事だアイヴィ……!!」


「わたしが出かける時はもういなかったの。だから、宿じゃなくてこの商店街の中にいるんじゃないかな??」


「チッ、一人にするのは危険だ。二人とも行くぞ!」


 ネオンとアイヴィは頷くと、シキと共に広場を後にした。

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