07.その背に背負うもの

 小腹も空き始めた午後三時。

 鍛冶屋を後にした三人は次なる場所へと歩き出す。


 最後尾で大剣を背負った男は、ずっと両手で顔を覆ったまま歩いていた。


 雰囲気で人を判断するのは辞めよう。恥ずかしさと共に人生の教訓を得たシキであった。


「はむっ、パクパクパク……んんっーもう、そろそろ機嫌治してもいいんじゃないかなー?? まぁ、あれだけ職人面されてたら勘違いしてもおかしくないはずっ、うん!」


 アイヴィはシキ達と出会う前に購入していたサンドイッチをつまみながら、先頭を切っていた。


「ほれほれ、おひとつ食べるかい? おいしいよー」


 歩幅を抑え隣へと並び、手元にあった紙袋をシキの前へと差し出す。


「……頂く。それで、次はどこへ連れて行くつもりだ」


 シキの片手が顔から紙袋へ移動する。やっと顔の半分が見え、アイヴィは笑顔で答えた。


「んーそこの森がいいかなー」


「森……? なんでまたそんなところに」


「武器を手に入れたならやる事はひとーつ! 実践あるのみ!!」


「へ?」


「さぁ行きなさい新米冒険者よー!」


 おもむろに背中をドンッと押され、二歩三歩と前へ足が出る。


 その先に。


 みょーん。みょーん。


 半透明な水色の液体が、可愛らしい音を立て揺れていた。


「スライミョンがあらわれた! 魔物の中でも一番弱いから、何も考えず戦ってみなさいっ」


 後方からアイヴィが頑張れーと声援を送ってくる。シキは手元にあったサンドイッチを頬張り、背負った大剣『ウォールプレート』を振りかぶった。


「うおおおおお!!」


 ズシンッ!!


 みょーん……。


 大剣は重さのままにスライミョンの脳天へ直撃する。

 衝撃でぷるぷると崩れ落ち、スライミョンは跡形もなくなっていた。


「一撃だな」


「スライミョンだしねー」


 アイヴィはネオンにもサンドイッチをシェアしながら、適当な様子で返事をする。


「あっ、その丸い奴拾っといてー」


「丸い奴……?」


 崩れたスライミョンの残骸の中に、紫色のぷにぷにした球体が落ちていた。


「それを換金するとお金になるんだー。それじゃあ、とりあえず三十個ほどいってみよう☆」


「三十個だぁ!? 延々とこの作業を繰り返すのか……」


「大剣を振りかぶる。その動きを身に沁み込ませる為だー! 文句言わないっ」


「……全く、こんなのさっさと終わらせるぞ!!」


 シキはアイヴィとネオンに見守られながら、三十匹のぷるぷるを討伐した。



 ────────────────────



 ズンッ!!


 みょーん……。


「ふぅ。これで三十匹だ。満足したか?」


「スライミョン一匹250ゼノ、三十匹で7500ゼノ。うん、これでだいたい大剣分は稼いで貰ったし、そろそろで終わりにしようかっ」


「お前……やたら調子のいい事言うと思えばそういう算段か。全く、図太いというかちゃっかりしてるというか……」


「こらっ、残りの500ゼノと授業料、それにさっきのサンドイッチも奢りなんだからその物言いはよくないぞー」


「分かった分かった、今日はもういざこざは御免だ」


 シキは疲れた様子で手を振り、突っかかってきたアイヴィを振り払う。


「そうだねぇ。辺りも暗くなってきたし、今日はもう戻ろうか」


「ん、今日と言ったか? まだ何かさせる気か」


 アイヴィはいたずらっ子のような笑顔でシキに返事をした。


「こんなの序の口だよー。本当に頼みたい事は別にあるんだから、それまでは手伝って貰うからねっ」


「変な奴に捕まったもんだ……」


「ん、なんか言ったかな?」


「何も。ほら、さっさと撤収するぞ」


「何仕切ってるのさー。明日はもっと強い奴倒してもらうんだからねっ」


 はいはい。シキは適当にあしらい、魔物討伐を見守っていた二人と共に宿へ向かって歩き出した。



 ────────────────────



 暗くなり、辺りには明かりが灯り始めた午後六時頃。

 三人は宿を目指し、道中にある商店街の中を歩いていた。


「それで、明日は何をする予定だ?」


「そうだなぁ。スライミョンはもう飽きただろうし、次はもっと森の奥に行ってクロバッキーを二十匹ほど倒してもらおうかねー」


「また魔物の討伐か。そいつを倒したら次はあの肉厚サンドイッチの食材でも捕えるのか?」


「それもいいけど……。手伝って欲しい事は別にあるんだ」


 街の灯りを受けているからか、数歩先を歩くアイヴィの様子が変わったのをシキは感じ取った。

 どこか意識が別の方向へ向いている彼女に対し、シキは答えを急かす。


「なんだ、勿体ぶらず本題を話せ」


 アイヴィは小さく頷くと、物思いに話し始めた。


「前にも言ったけど、わたしはバウンティハンター、またの名を賞金稼ぎ。何してる人か分かるかな??」


「何って、賞金首を捕らえて金を稼いでるのだろう」


「そう。だけど賞金が設けられてるのは、魔物だけじゃないんだよ」


「……何が言いたい?」


 アイヴィは立ち止まる。そのままゆっくりと振り返り、真剣な眼差しでシキを見つめ返した。



「通り魔を捕まえたい」



 通り魔。



 物騒なワードが平和な街へと響き渡る。


 その単語を口にしたアイヴィからは、今までの気分屋な雰囲気は一切感じられなかった。


「通り魔……だと?」


 シキの脳裏には、数時間前急に襲い掛かって来た彼女の姿が浮かび、今の彼女と重なっていた。

 あの時と同じ殺気の混ざった冷徹な瞳を光らせながら、アイヴィは話を続ける。


「うん、通り魔。この街にいるんだって。怖いよね」


「それはそうだが……、どうしてまたそいつを捕まえたい?」


「んーそうだなぁ。理由は色々とあるんだけど、そいつは記憶を操作する。と言ったらシキくんも興味出るかな」


「っ!! 記憶の操作だと……!?」


 突然現れた第三の手がかり。

 アイヴィの思惑通り、シキの表情が変わる。


「そう、それはね……」


 アイヴィが答えようとした、その時。




「うわああああああああ!!」



 誰かの叫び声が、人通りのない住宅街へと響く。


「なんだ!?」


「……行くよっ!」


 アイヴィは一人、声のした商店街の路地裏へ走り去る。


「お、おい待て! クソッ、ネオン行くぞ!」


 続けてシキ達もアイヴィの後を追い、硬い石畳の地面を蹴った。



 ────────────────────



「アイヴィ!!」


 人通りの少ない路地裏で、アイヴィは倒れた冒険者に寄り添っていた。


「シキくん、この人を『ミコノスの宿』まで運んで。わたしはあいつを追いかける!!」


 後を追って来た二人を確認した後、アイヴィはすぐさま路地裏の奥へと消え去っていった。

 シキは慌てて冒険者へ駆け寄る。


「大丈夫か!? しっかりしろ!!」


 シキは必死に声をかける。


「うぅ……」


 呻き声は聞こえるが、喋る事は出来ないようだった。

 シキは視線を下ろし彼の怪我を確認する。


 幸いにも出血はなかった。

 だが、頭から首にかけて赤く腫れていた。どうやら炎症を起こしているようだ。


「ぐっ!! うぅ……っ」


 冒険者から苦しむ声が漏れている。


「クソッ!! 早くしないと!!」


 シキは冒険者を抱えようとした。だが、ふとある事に気づき動きが止まる。


 シキはその背にアイヴィから貰った大剣を担いでいた。

 大剣と冒険者、その二つを背負っていては、流石のシキも走る事は出来ない。


 目の前には怪我人、後ろには重くのしかかる貰い物の圧。


「チッ……仕方ない! こんなもの後で取りに戻ればいい!! 無くなっていたらその時だ! 行くぞネオン!!」


 決断は早かった。


 シキはウォールプレートを振りかぶると、流れるように建物の間へ投げ捨てた。

 そのまま冒険者を担ぎ、ネオンと共に宿へ向かって走り出した。



 ────────────────────



 自然と暗闇に囲まれた地で、暖かな灯りに包まれた場所にて。


 宿屋『ミコノスの宿』の扉が勢いよく開かれた。


「ひえぇぇぇ!? な、何事ですか!?」


 驚きのあまり軽く飛び跳ねたミコは、震える両手を胸に当て怯えていた。


「サラだ!! サラはどこにいる!?」


 シキは冒険者を抱え、やっとの思いで宿屋に帰宅した。そして真っ先に医者のサラの姿を探し始める。


「し、シキさん!? サラは今外出中で……」


「チィ、間が悪い! とにかくこいつを頼んだ!!」


 シキはそういうと、呼吸の浅い冒険者を受付前の椅子へ寝かせる。


「!? だ、大丈夫ですか!?」


「大丈夫じゃないから焦っている!!」


 シキの必死な様子に、ミコもどうしていいのか分からずにいた。


「サラはどこへ行った? 今すぐ呼び戻して来る!!」


 シキは冒険者から手を離し、すぐに扉を目指し歩き始めていた。


「医療道具が不足したとかで買い出しに……」


「分かった! お前は今すぐ治療の準備を進めておけ!!」


 ミコの返事も聞かないまま、シキは扉を叩き飛び出そうとする。

 しかし、扉はシキが開ける前に動き出した。


「ただいまミコ~、帰ったよー……って、えぇ?」


 ドンッ、とシキは帰宅したサラとぶつかる。

 鼻歌交じりに帰ってきたサラは、両手一杯の荷物の先で一瞬何がどうなっているのか分からなかった。


「サラ! ちょうど良いところへ帰ってきた!!」


 サラが少し視線を上げると、そこには怖い顔をしたシキが立ち塞がっていた。


「んあ? シキじゃないか。一体どうしたんだ。そんなに血相を変えて……」


「怪我人だ。早くあいつを治してくれ!!」


 シキは寝かされた冒険者を指差しながら声を上げた。

 その姿を確認したサラは顔色を変える。


「……なんだって? 今すぐ治療にかかる。シキ、運ぶのを手伝ってくれるか?」


「もちろんだ!!」


 サラは荷物を持ち直すと、シキと共に宿屋の奥へ走っていった。

 そんな彼らをじっと、姿が見えなくなるまでネオンは見つめていた。


 そこへ再び宿屋の扉は音を立て開き、別の人物が入って来た。


「はぁはぁ……。見失っちゃった……って、あれぇ? シキくんは?」


 帰宅したアイヴィは入口に立っていたネオンを見つける。シキがいないのを見て、冒険者はどうなったのか確認した。


「アイヴィさん! シキさんはサラと奥に……。いったい何があったのですか!?」


 息を乱しながら帰ってきたアイヴィに、ミコは思わず質問する。


「出たんだよ。また通り魔が。ちょうどわたし達が通りかかったから、そのまま運んでもらったの」


「そういう事でしたか……。じゃなかった! 私も手伝わないと!!」


 ミコは急ぎ足でサラ達の後を追い駆けていった。


 ロビーに残ったアイヴィは、同じく残されたネオンと目が合う。


「……大丈夫。だってサラちゃんはこの街一番の医者だもん。彼女にかかれば安心だよ」


「…………」


 大きく呼吸をするアイヴィの笑顔がネオンへと向けられる。


 ネオンはただ、じっと宿屋の奥を見つめていた。

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