この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失の男は、一言も喋らない少女と共に『記憶』を取り戻す旅に出る〜
夜葉@佳作受賞
第一章 忘却の通り魔編
01.お前は誰だ?
それは目が覚めた直後の事だった。
「君はどうして、魔力が無いんだ……?」
医者から伝えられた、たった一つの言葉。
自分が記憶喪失だと分かった、数分後の出来事。
魔力と魔術の溢れる世界にて。
その男は何色にも染まっていない、無色透明の存在であった。
────────────────────
男が衝撃の事実を知る少し前。
とある宿屋の一室にて、その男は長身の女からの質問に答えていた。
「どうして君は、気を失って倒れていたんだ?」
「何の事だ? そもそもここはどこだ。なぜ私はこのような場所にいる」
見知らぬ部屋で目覚めた男は、どうしてこのような場所で眠っていたのかも覚えていなかった。
質問を質問で返され長身の女が戸惑っていると、側で話を聞いていた従業員らしき少女が割って入る。
「ここは私、ミコが経営する宿屋『ミコノスの宿』ですよ。あなたは気を失ったまま、その子に運ばれて来たのです」
その子? と男は誰の事を指しているのか分からなかった。
部屋の中をぐるりと見渡すも、宿屋の一室には男の他に三人の女性がいるのみだ。
一人は話をしていた、やたらと装飾の多い衣服を身に着けた長身で白髪の女。
一人は店主を名乗る、茶髪の頭に巻いたバンダナがチャームポイントな小柄な少女。
一人は何一つ喋らず、ただジッと男を見つめる謎の銀髪少女。
男は少し考え、三人のうち一番力のありそうな長身の女へ顔を向ける。
「お前が運んできたのか?」
「ん、いいや?」
長身の女は何の事やらといった様子で首を横に振る。
「彼女は医者のサラです。運んだのはそちらのネオンさんですよ」
ミコの指差す先には、医者とは別のもう一人の存在。
白黒の衣服が特徴的な、何も言葉を口にしない銀髪の少女が立っていた。
「こいつが?」
男は顔を曇らせる。なぜならその少女は、男より二回りほど背が小さかったからだ。
しばらく問答を繰り返していたが、男の答えは何一つ要領を得ない。
男の様子をおかしく思った医者のサラは、小首を傾げ綺麗な白髪を揺らし、確信に迫る。
「君、ちょっといいかい? 変な事を聞いて悪いんだけどさ。自分の名前や出身を答えてくれるかな」
男はサラに問われ、ぽつりと一言だけ口にする。
「分からん」
思わず驚いて口を押えるミコ。やはり……と隣でサラは頭を抱える。
「記憶喪失ってやつだね」
あっさりと答えるサラに、ミコはええっ!? と再び驚く。
「き、記憶喪失ですか……!? シキさん、覚えている事は本当に何もないのですか?」
「シキ? シキとは誰だ、私の事を言っているのか?」
追い打ちをかけるような男の言動に、ミコはついに力が抜け、ぺたりと座り込んでしまった。
不穏な空気が宿屋の一室を包み込む。
記憶喪失の男に、言葉を口にしない少女。そして驚いて立ち上がれない宿の主。
「……まいったね」
長身の医者は思わずため息を漏らす。
このままでは面倒な事になりそうだ。
おかしな流れを感じ取ったサラは、会話の軌道を修正すべく無理やり話を進める事にした。
「とりあえずシキ、君の治療に入ってもいいかい? 何も覚えていないってのは初めてだが、記憶喪失なら何度か治した事がある。任せてよ」
「記憶が戻るなら何でもいい。早く始めてくれ」
男の返答を聞き、サラは小さく頷く。
「分かったよ。ミコ、手伝ってくれる?」
「っ! は、はい!!」
サラの言葉を聞いたミコは飛び起き、今すぐ準備しますー! と叫びながら慌てて部屋を出て行った。
そんな彼女を追うように、サラも準備を進めるため一旦部屋を後にした。
部屋に残された男は、もう一人残った少女の方へと語り掛ける。
「お前は誰だ? 本当にお前が、私をここへ連れて来たのか?」
「…………」
少女は何一つ語らない。しかしこくりと小さく頷き、男の言葉に答えを返す。
少女の答えが何を意味しているのか。そして記憶を失う前の自分に何があったのか。
医者の準備が整うまでの間、男は自分の存在について考える。
男には記憶が無い。生まれた場所も名前も、目の前の少女の事さえも。
だがそれ以上に衝撃的な出来事の数々が、この世界には眠っているのであった。
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