その日。

池内弥

一話目 その日、

 その日、僕は夢を見た。それはもうとても残酷で、思いだす度に冷や汗をかく。

 目覚めの悪いその日は体育祭で、僕はクラス対抗リレーのアンカーを任されていた。先ほど見た夢も、今日のプレッシャーからきた夢であろうと思った。

 僕はいつもより早く布団から顔を出し、白湯を飲んだり、ストレッチをしたりと、今日の体育祭にむけての準備をしていた。庭で軽く運動していると、父親が顔を出して言った。

みのる、今日体育祭だって?足が早い奴はいつでもモテるからな。まあ、適度にやれ」

 父親は笑ってトイレに向かって行った。茶化しにきたのか、応援しにきたのかよくわからないが、あれでもきっと応援してくれているのだろう。ガタイはよくて、とても男らしい人だが、ああ見えてとても繊細でツンデレ気質な人だ。

 僕は父親に鼓舞された後に、玄関から一台の自転車を出して駅まで向かった。

 今日は、一昨日までの大雨がまるで嘘のように、雲ひとつない晴れ間だった。まだ春という括りが嘘のように夏日で、まるで電子レンジの中にいるかの様な天気だった。

 いつもより一時間は早い電車に乗り、イヤホンを耳に塡めていつもは座らない席に腰を下ろした。

「ふぅ。」

 大きめなため息が漏れた、自分でもそれを理解して、周りを見渡すと二、三人と目があった。相当大きかったんだなと少し頬を赧めて、携帯に視線を落とした。

 そうしていくつかの駅を通り過ぎて、水葱駅という駅に止まった、よくある待ち合わせの様だった。その数分の間に何人か乗車してきて、その中の一人に僕がよく知る女性がいた。五十嵐水那いがらしみな、彼女もまた陸上部で僕の思い人でもある。彼女が僕に気がついた時、声をかけてきた。

「あれ?稔じゃん、今日すごい早いけど、どうしたの?」

 早く出たのを気にかけてる様子だった。

「水那か、おはよう。今日俺クラス対抗リレーのアンカーじゃん。だからスッゲー緊張しちゃって、いつもより早く起きちゃったんだよね。」

「なるほどね、それすごいわかる。私も今日クラス対抗リレー走るし。」

「そういえば水那も走者か。忘れてた」

「まって、私たち同じクラスだし、練習もいつも一緒だったよね?」

 おいコラという視線を感じるが、軽く無視した。

「にしても、今日暑すぎないか?一昨日は寒いくらいだったのに、この時期は本当に温度差激しくて嫌になるよな」

「話を変えるんじゃないよ。」

 でも、確かにすごい暑いよね、と続ける水那。

「まっ、それでも勝っちゃうのが私たちだよね?」

 ニッと白い歯を出して笑った。そんな水那の髪は飲み込まれそうな程に漆黒で、トレンドマークと言っていいほどポニーテールがよく似合う、The体育会系の女性だ。

 そうこうしているうちに学校の最寄り駅に電車が停車した。プシューと音を立てて開いた扉を潜っていく。じわっと暑い空気の中、汗腺が悲鳴をあげている、汗が止まらない。

 水那と話しをしていると学校に到着して、誰もいない教室を僕たちで独占していた。

「わあ、誰もいない学校ってなんだか不思議だよね、なんかこう、脱出ゲームみたいで!」

 誰もいない校舎に少しワクワクしているのか、目を煌めかせている。体育祭まであと一時間はある為、僕たち先にグラウンドに出て最終調整をしていた。そして最終調整を済ませた僕たちはクラスのみんなと合流した。長い挨拶が終わり、体育祭の開始を知らせる合図が学校中に響き渡った。体育祭の始まりだ。

 学年対抗競技だったり、学年別の徒競走だったり、体育祭は大盛り上がりだ。しかし、自分たちの組は盛り上がるどころか、少し盛り下がっていた。その理由は明明白白だ、僕たちの組が最下位だからである。他と大きく差を付けられている。これを巻き返すのはクラス対抗リレーしかない。そのプレッシャーが僕を押しつぶすが、しっかりと集中し、呼吸を整えた。

 いくつもの競技が終わり、昼食前に、差し掛かったところで僕の出番がやってきた。クラス対抗リレーだ。ここで僕は一位にならなければ勝つことは不可能だと思っている。

 オンユアマークと審判が言った、選手は全員位置につく、もちろん水那もだ。パン!とグラウンド中に鳴り響く火薬銃の音、その合図と同時に選手は一斉に走り出した。一周200mのグラウンドを一位で掛けていくのは僕らの組代表、水那だ。全員が水那を応援している。その期待が大きすぎたか、水那は中盤付近でこけてしまった。他の走者が残酷にも追い抜いていく、うちの組は四位にまで落ちてしまった。水那はゆっくり立ち上がり、足を少し引きずって次の走者にバトンを渡したが、順位を四位から一向に変わらない。四位のまま、前との距離も一切変わらないままバトンが僕に渡った。最後は400mを走りきる、他の走者との差は大体100mといったところだ。

 皆が負けたと言う顔をしている、携帯を弄ってるものもいる。その者に僕は言いたい、僕は部長だ、誰にも負けるつもりはないと。僕は僕の責務を全うするだけ、バトンを力強く握り、大きく腕を振った。今日の僕は、いつもより数倍速い気分だ、追い風も相まって本当に誰にも負けない気がする。変身を二回残しているフリーザの気分だ。一人、二人と追い抜いて、最後の一人で直線に差し掛かった。お互い全力の走りで、どっちが勝ってもおかしくはない。僕はゴール手前、最後の力を振り絞って跳ぶ様にゴールテープを切った、僕の勝ちだ。

 それまで、無音だった世界が音を取り戻す、沸いた会場、皆暑さを忘れて盛り上がっている。ここまで大きい黄色い歓声は初めてだ、なんだか自分が誇らしい。友達に囲まれ、胴上げをされた、僕が勝ったとより一段とわかった。

 そうして、リレーの熱は下がることなく、昼食に入った。僕は家族がご飯を運んできてくれているはずなので観覧席を探してみるが、誰一人として視界に入らない。おかしいなあなんて思っていた。その時までは。

 かれこれ15分学校中を探した、携帯にも電話をかけた。しかし誰も応答はせず、誰も僕の家族を見ていない。その時、今朝の夢がフラッシュバックした。校舎のかべに凭れ掛かり、頭をフル回転させた。どうしていないのかを自分で納得させれる確かな理由を探したが、どれ程頭を回しても納得させる、十分な理由が見つからない。鳥肌が止まらない、呼吸が荒くなるのがはっきりとわかった。まずい、これはまずい…。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る