302 お迎え①

 器用に勢いをつけてはしごを滑らせ、次の区画に移ったズブロクがぽつりと言った。


「ねえヨワ。もういっこ頼んでいい?」

「なんでしょうか」

「マンジがね、来いって言ってくれたから僕、彼の家の隣に越そうと思ってるんだ。引っ越し、やってくれる? 僕の家ここ以上に薬品だらけなのに、引っ越しなんて考えただけで目眩がするよ」


 ヨワはぱちくりと目を瞬かせ、もう足の踏み場もない数の薬品たちを見て想像した。これ以上の薬品を一度に浮かべて移動する。少しでもぶつければ割れてしまう。未知の経験だ。


「城をまるごと浮かべようっていうきみなら、できると思ったんだ。どお?」

「ズブロクさんの家をまるごと、ですか」

「うん。まるごとがいい。できるだけ楽がしたい」

「城とはまた別の難しさがありますけど、おもしろそうって思います。でも薬ビンを割らない保証はできませんよ」

「なるほど。割れて欲しくないものは自分で運ぼう。それでいい?」


 ヨワがうなずくとズブロクはゆったりと万歳をした。


「やったあ。お礼に僕の薬が必要な時は安く売ってあげるよ。植物専門だけどねえ」

「野外区に移ったらきっと庭を作りたくなります。ありがたく買わせてもらいますよ」

「あれえ? そうすると僕はこれから忙しくなるってこと?」


 やだなあ、とぼやくズブロクに笑っていると、広間から「飯だあ!」とススタケの呼ぶ声がした。遅めの朝ごはんだ。


「じゃあ私は大学に戻るね」


 朝食後の談笑をほどほどに切り上げてヨワはススタケに告げた。炊き出しの手伝いを朝はサボってしまったから、昼前には戻りたかった。

 外まで見送ると立ったススタケの申し出をヨワは笑って断る。

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