169 諦めなければ③

「リンだ」


 その名前を聞いただけでヨワの頬は熱くなった。


「リンが水音に気づいて真っ先に湖へ飛び込んだとシジマから聞いた」


 どうしても上がってしまう口角を隠して、ヨワは平静を装い「そう」と相づちを打った。ところがススタケはにんまりと笑った。

 こんなに感情がわかりやすい質ではなかったのにと不思議がる。そこでハタと、病衣にはフードも口布もないことに気づいた。

 竜鱗病を隠していた布は、ヨワの表情だけでなく相手の感情も見えなくしていた。ヨワが照れ隠しに笑うとススタケも笑う。たったこれだけのことなのに、なんて分厚い布をまとっていたんだろう。


「そうだ、忘れてた。スオウ兄貴から伝言を頼まれてたんだ」


 そう言いながらススタケはベッドから腰を上げた。


「『リンを護衛に復帰させた。振り払えるものなら振り払ってみろ』だとさ」


 これはシジマの制止を聞かなかったヨワへの嫌みだろう。ヨワは苦笑を浮かべ慎んで伝言を受け取った。

 きっとリンは確固たる意思を持って帰ってくる。ヨワも相応の覚悟をしておかなければならない。バナードの企て、そしてその先にある彼との未來からもう目を逸らさない。

 ススタケが去り、ユカシイがさっそく飛び込んでくる。後輩を受けとめたヨワのかたわらで、ナイトテーブルから花弁の欠けていないコリコの花がそっと見守っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る