167 諦めなければ①

 肩口でススタケの声が震えた。まさか泣いているのかとヨワは焦る。しばらく耳を澄ませていたが、どうやら涙は出ていないようだった。だがススタケは一向に腕の力をゆるめない。

 いくら気さくでも正真正銘の王族にためらいつつ、ヨワも彼の背中に腕を回した。ぐっと縮まる温もり、木の香り。それが心地いいと知り、頬をすり寄せる。ススタケはヨワの背をやさしく叩き応えてくれた。

 身を離す際ススタケは「悪い」と謝ったが、ヨワは悪いことなんてなにひとつないのにと思った。


「バナードの件だが、調べていてわかったことがある。あいつは〈ナチュラル〉の中でも熱心な信者だ。リーダー的存在だったが、その熱意についていけない仲間もいたらしい」


 ヨワはススタケの言葉に含みを感じた。


「ついてきた人もいた?」

「そうだ。ところがそいつらは〈ナチュラル〉ではないらしくてな。仲間内でも素性を知る者はいなかった。今わかっている情報は、白髪の老人、背の高い茶髪女、赤毛の男、それとヨワが見た黒髪の男ってだけだ。やつの仲間は少なくとも四人いる」

「少なくとも? 他に心当たりが?」


 ススタケは一段と声を潜めた。


「今回の件で俺は確信した。庭番の中にバナードの仲間がいる」


 苦々しく表情を歪めススタケはヨワのベッドに腰を下ろしうつむいた。家族に裏切り者がいると悟ったススタケの沈痛な胸の内を察して、ヨワはためらいながら「どうして」と問いかける。


「ヨワが俺たちと接触したこと、ホワイトピジョンの務めを知ったことを掴んであいつは行動に出たんだ。だってそうだろ。最初からその気ならやつには今までいくらでも機会が……」


 ヨワは思わず「あっ」と声を上げた。前回の登山でクリスタルの洞窟から出た瞬間、風に煽られたバナードと転落しかけたことを思い出した。あの時はただの事故としか思わなかったが、ヨワは念のためススタケに一部始終を話す。

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