154 影の魔法使い①

「あんな男が相手ならあたしは愛人になんて収まってられないわ。寝取ってやる!」

「黙ろうかユカシイ」


 しかし冷静でいられないのはユカシイだけではなかった。シジマが涙と鼻水を流してヨワの腰にしがみつきわんわんと泣き出した。「どうしてリンじゃダメなのか!」「息子に、息子に、失恋の痛みを負わせてしまうなんて!」と、まるで自分が失恋したかのように巨体をさめざめと震わせる騎士隊長に、さすがのヨワも言葉がない。その隙にユカシイはまたユンデの文句を唱えはじめた。

 もう全部投げ出したい。

 シジマの鼻水が服についているのを見て、ヨワは天を仰ぐ。その瞬間、突然記憶の引き出しが開いた。

 ソゾロの前でヨワは鼻水を垂らして泣いていた。夜だった。周期的にやってくる負の感情にむしばまれて、辛い思い出や未来を描いているうちにあふれ出した。

 そばには、はちみつミルクを飲みに来たソゾロだけがいて、ヨワはなにもかもをネコに話した。「こんなことを言えるのはきみだけだよ」とすがった。

 ソゾロは不思議と大人しく伏せて、ヨワの目を見つめていた。ヨワが話し終わるまで、その場を動くことはなかった。

 きみは本当にやさしいね。イケメンだね。ありがとう。

 私もネコになりたい。そんな童話があったね。私だったらそのままネコの王子様と結婚するのに。


「ネコになる魔法……。いや、違う。たしか……」

「ヨワ先輩、どうかしたんですか」

「中央図書館って今日もやってるよね」




 コリコの中央区には樹上の城と騎士の詰所とあとひとつ、中央図書館の建物がある。図書館はコリコの幹をぐるりと囲む円形で、どの区域からも利用しやすいようになっていた。

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