145 もだもだリン⑤

 かけるべき言葉が見つからなかった。覚束ない足取りで資料室に帰るヨワを引き止めることもできず、ただ見送った。今もなお、乾いていないヨワの傷口を前に怯んだのだ。

 リンは自分をもどかしく思った。


「だから、俺じゃなかったんだと思って」

「違うよリン兄。リン兄は本当に痛みを知ってるから、だから軽率に言葉をかけられなかっただけだ。それにやさしいから、一歩踏み込むことでヨワさんをまた傷つけたくなかったんでしょ」


 スサビの言葉にリンは力ない微笑みを返した。あの時そこまで考えていたかは自分でもわからない。

 だがリンの中でこの一件は、任務から身を引いて終わりではなかった。家族にヨワの護衛を頼んだあとも、リンの頭にはヨワがいた。気がつくと彼女のことを考えている。

 あの時どんな言葉をかければよかったのか。ヨワがなにもかも諦めずに生きる方法はあるのだろうか。自分になにができるのだろう。

 そんなことを考えながら外階段を歩いていたら、上から今にも消えそうなヨワが舞い降りてきたのだ。


「でもさ、やっぱり気になるんだ。ちょっと見ない内にあいつ、ひどい顔してて。目が離せないよ」


 騎士の務めとして、自分を拾い育ててくれた両親の恩に報いるため、そして自身の存在意義を満たすために、リンはヨワの護衛をしていた。

 出会いは失敗したが、彼女の竜鱗病に触れた時から距離が縮まったように感じて、ゆっくりゆっくり歩んだ。

 ちょっと強引にヨワを家に招いた時は、玄関に集まってきた家族を前にして緊張した。病を隠したがるヨワのために、あれこれ気を回すのは嫌じゃなかった。シジマから同じ傷を抱えていると聞いて興味が湧いた。いつか話してみたいと思った。

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