私達ずっとあなたを見てましたけど
長崎ポテチ
私達ずっとあなたを見てましたけど
最近何かあった?
会社の喫煙所で後輩の彼にそう聞くと、彼はこう答えた。
「いやぁ、あるにはあるんですが、ちょっと気味が悪くて……」
そう言われると、聞きたくなるのが人情である。
「もったいぶらないでさ、教えてよ」
「じゃあ話しますけど、何があっても知らないですからね」
「え? やべぇやつなん?」
「僕史上、1位2位を争いますね」
「うわー、聞きたい! 教えて」
「では、長崎さん、この世で最も美しいものってなんですか?」
「クイズかよ……んーまぁアイドルの神湯優子とか? あ、初めてモナ・リザを見た時は結構感動したなぁ」
「あーちょっとレベルが違いますね。僕が見たのはそんな甘っちょろいもんじゃあ無いんですよ」
彼はスゥーっと息を吸い、答えを言う。
「それはですね、『夕日』なんですよ」
「夕日? 勿体ぶった割には、大した答えじゃあないなー。いやまぁ、綺麗だとは思うけどもよぉ」
「当然ただの夕日じゃないんですけどね」
そんな、食べる塩より、盛る塩の方が上回った後輩から聞いた話です。
ーーーーーーーーーーーーー
『そうだ、心霊スポットに行こう』
ある朝、ふとそう思い立った彼は、某F県の山中にある有名な心霊スポットの『2階建てペンション』に行った。
怖い物好きの怖がりなんで、昼間に到着を目論んでたが、彼は家を出る時間調整を間違えて、そのペンションのある森についたときには、もう夕方近くになっていた。
車を止める所もないらしく、近くの駐車スペースから獣道を30分かけてようやくペンションに辿り着いた。
『これは本当に人が住める処だったのか?』
ペンションをみた後輩の第一印象がこれ。
なんでも入口などはあるけどもその奥には壁が無くて、例えるなら「シルバニアファミリーの家のおもちゃ」の『奥側』にも壁がないような感じって言ったほうが分かりやすいかな。
『結構大きいな。いや、高いと言うのが正しいか』
ペンションの早速中に入ってみるが、思ってるより全然大した事は無かった。
入口のロビーと思われるところは当時中にあったのであろうと思われる木材は朽ち果てていて、異様な臭いを発している。
カウンターは見る影もなく、地面に敷かれていた何かはじっとりと濡れていて、歩く程に不愉快さが増していくのを感じた。
ちなみに、そのペンションの中央部には井戸のようなものがある。
何でも、そこを覗いて後ろを振り返ると、『自殺したオーナーが立っている』だとか、『髪の長い女がそこにいる』とか、噂では1番ヤバいと言われてる場所なんだけど、振り返ればさっきまで見飽きた緑が鬱蒼としており、井戸の中はがらんどうである。
つまり、全然何も起こらなくて拍子抜けだった。
残すはその井戸の横にある、2階へ続く鉄骨剥き出しの階段があるだけーー
『大して怖くないなぁ。失敗だったかな、帰ろうかな』
そんな事も思いつつ、ただまぁ、ここで帰るのも味気がないので、とりあえず2階へ上がってみることにした。
ーーコァン コァン コァン
その錆びた剥き出しの階段を、踏み外さないようにゆっくりと登っていく。
もう登り切るかと思う手前で、ふと顔を上げると、彼は言葉を失った。
向こう側の壁がないので、当然外の様子が伺える。
そこからチラリと差し込む夕日の光景があまりの美しく、瞬間その場で立ち尽くして見とれてしまった。
『うわぁ、めちゃくちゃ綺麗だな』
ーーカン カン カン
更に登ると、何とも表現がし辛いが、夕日の差し込む角度から、森の更に向こう側に見える山々が思わず感涙してしまうかの程度に美しいのであろうという想像が脳内を駆け巡る。
彼は早くこの階段を登りきって、あの夕日を独占したいと思った。
ーーカンカンカン
残り数段を登りきった彼が見たその『夕日』は、先程の感動の予想を大幅に、いい意味で裏切った。
登りきったそこから見える夕日は格段に美しかった。
一級品の芸術作品せあろうと、どんなアイドルだって、たとえそれが最愛の人だとしても、今、自分が目にしている光景には到底及ばない。
見下ろす木々を最高級の夕日という蜂蜜でコーティングされたその景色は、今でも目を瞑れば出てくる程に記憶に深く刻まれた。
見惚れるとはこの事なのかと、彼は大変感動した。
『はー、綺麗だなぁー。持って帰りたいなー』
もうどれだけの時間が立ったのかも覚えていなかった。
とにかく綺麗であるという感想以外に言葉は無かった。
すると、不意に彼の真下から男の叫び声が聞こえた。
「危ないッ!」
ふと彼は下を見ると、そこにはカップルがいて、その男の方が彼に向かって声をかけたようだった。
ただそれよりも驚いたのが、自分の右足が無意識に、立っていた足場から外へ投げ出されていた事だった。
「うわぁああああああ」
彼は、全力で尻餅をつくことで、身を投げ出すのを回避した。
今まで経験したことのない、かつて無いほどの心臓の鼓動音が彼をった。
しばらく呆然としてしまう。
何故そんな事をしたのか分からなかった。
あんなに慎重に階段を登っていたのに、足場に注意をしていない自分の愚かさを呪った。
ただ、彼は見てしまったーー
尻餅をついた地面に、何か書かれている。
よく見ると、そこには真っ赤な文字で
『ここから飛び降りた』
そう書かれていた。
「はぁ、はぁ……んぐ……ぁぁあああッ!!」
人間、あまりの恐怖に遭遇すると、何を言ってるのか分からなくなるものだ。
とにかく、一刻も早くこの場から去りたいという一心で、這いつくばったまま階段を駆け下りた。
手は真っ黒になり、当然ズボンの膝も何かの液体にまみれていたが、そんな事はどうでも良かった。
1階に辿り着いたところで、深めの深呼吸をする。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した。
『と、とにかくお礼を言わなきゃ』
自分が助かったのは、間違いなくあのカップルのおかげである。
そう思ったら、彼はそのカップルにお礼をしなければ気がすまなかった。
いや、正確には、自分以外の人間にすぐに会いたかったのかもしれない。
彼は急いで、そのカップルがいるペンションの裏手へ回った。
そこには当然カップルがいて、女性の方は男の肩に抱きついてプルプルと震えていた。
「あの、ありがとうございます。いやー、助かりました。
あそこから見える夕日がもの凄く綺麗で、ずっと見てただけだったんですけど。全然そんな気は無くてですね。
本当に、お声をかけていただけなかったらどうなっていたか」
感謝の気持ちを伝えたいが、夕日が綺麗だったとの言い訳もして、彼は自分を自殺志願者では無いことを強調した。
ただ、そのカップルは彼を見るや、彼の言い分すらも聞こえていない程に怯えていたのが見て取れた。
「この通り大丈夫なんで。すみませんでした、ありがとうございます」
その言葉を聞いた男が、ようやく、意を決したように彼にこう告げた。
「あの、僕達、あなたが来る直前にここにいて、あなたの行動の一部始終をずっと見てましたけど」
そこまで聞いて、彼はカップルの存在に気付かなかった事を知った。
しかし、男はこう続けたーー
「あなたここに来てからずーっと『死ななきゃ、死ななきゃ』って笑顔で言ってましたよ」
ーーーーーーーーー
「とまぁ、こんな話です」
「はぁー、よくそんな経験して生きてられるな」
「ちょっと、酷くないですか」
「ああ、悪い悪い。それよりさ、そのカップルは帰り道凄い空気で帰ったんだろうな」
「ああ、それなんですよ。そこが1番気味が悪くて……」
「なんで?」
「だっておかしいんですよ。僕より先についてたって言うのに、訛ってなかったんですよ」
「すまん、分かりやすく頼む」
「あのペンションの近くで車を止められるところは一か所しかないんです。なのに、僕は行きも帰りも車を見なかったんですよ」
何とも言えない空気のままそこで、彼の話は終わった。
私達ずっとあなたを見てましたけど 長崎ポテチ @nagasaki-86
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