あのバラの香りは…

第1話ローズティーとクッキーの時間

むかしむかしの話をしましょう。


ある大きな屋敷に一人のお嬢様と庭師がおりました。その屋敷は年中霧に覆われ、周囲の世界からは孤立しておりました。

「その屋敷に行って帰ってきた者はいない」。

かなり遠くの街までその噂は広がっていたようですな。


ある日、一人の小さな小さな坊っちゃんが屋敷の門をくぐりました。ご友人に噂を確かめろとでも言われたのでしょう。

その時、お嬢様は坊っちゃんに

「私より小さな貴方には、まだまだミルクが必要なのでしょう?」

と気まぐれに言って帰したそうです。

次の年、少しだけ大きくなったような小さな小さな坊っちゃんが再び門をくぐりました。

坊っちゃんはお嬢様に薔薇の花を贈りました。

お嬢様は

「貴方、まだまだ小さいわね」

と言ってその時も帰しました。


そのように年に1度、坊っちゃんは屋敷を訪れてお嬢様に薔薇を贈り続けました。


毎年訪れる坊っちゃんの背はどんどん大きくなります。

一方、不思議なことにお嬢様と庭師の姿は全く変わりません。


30年が経とうとしました。


屋敷の庭には毎年坊っちゃんが贈る薔薇が植えられ、それはそれは綺麗に咲き誇っていました。


余談ではございますが、その間坊っちゃん以外にも屋敷を訪れた人間はいたのですよ。

…お嬢様は一人としてお帰しにはされませんでしたが。

血を吸われ干からびた人間たちは良い肥料になりました。ええ、薔薇が咲く庭の下には何百人という人間が埋まっております。


お嬢様と庭師は吸血鬼だったのです。


30歳を過ぎようとする坊っちゃんは、その年も変わらず屋敷を訪れました。

しかし、いつもと違っていたことがありました。


なんと、あの小さかった坊っちゃんがお嬢様に指環を贈ったのです。もちろん薔薇の花と一緒に。

そう。求婚されたのです。

お嬢様は快く受け取りました。

その日を境に、一人の青年となった坊っちゃんは屋敷を訪れることはありませんでした。


めでたしめでたし。


え?だってその坊っちゃんはその屋敷にお嬢様と一緒に住んでいますから。

今から大体1000年以上昔のお話です。


ローズティーとクッキーのおかわりはいかがですか?おや、いらない?


つまり、その坊っちゃんは吸血鬼となったのです。

坊っちゃんはお嬢様に永遠の愛と共に誓いの指輪を贈ったのです。

そして、お嬢様は坊っちゃんに永遠の命と共に誓いの口づけを返されたのです。

長年興味が無いように見えたお嬢様は坊っちゃんにこう言ったそうです。


「初めの一回は気まぐれだったわ。

でも、次からは薔薇の花と微笑みながら好きと言ってくれるのが嬉しかったの。」

ほら、毎回ちゃんとお返しもしたじゃない。

「お帰し」ってね。

普通帰すわけないわよ。

だって


「おいしいおいしい食料だもの」


今年も旦那様は奥様に薔薇を贈られるようですな。

ああ、ほら。あのようにお二人とも幸せにされています。あんなに小さかった旦那様がこのように立派になられるとは。奥様もあのように可憐に微笑まれて。

夕食は張り切らねば。


「逃がしませんよ?お客様」


私はしがない吸血鬼の庭師。

今日のおやつは血のように紅いローズティーと、日に当てると灰のように脆く崩れるクッキーの吸血鬼セットでございます。

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