空を見上げて

語るは天動説-前

「記録の森」と呼ばれる森の中。そこに建つ時計塔での話である。


記録の森といわれるそこは、森の主であるエルフの加護が充分に行き届いた、ゆったりとした時間が流れる森である。

どんな種族も受け入れる深い、深い森だ。

古い魔法と最新鋭の科学技術を取り込んだ文化は、森に住む民の向上心の現れだともいえる。


ある村から遠く離れた場所に高い塔が建っている。

森の外からでも確認できるほどの高さを持つその白い塔は、この森が生まれる以前からあったものである。

塔のすぐ近くまで行かなければ分からないのだが、その中からカチカチと音がする。

等間隔で鳴るその音は機械の音。この塔は時計塔なのである。


塔の中は、外からでは想像できないほど長く複雑に階段が連なっていた。

誰が施したか定かではないが、相当の職人が強力な魔法をかけ塔の内部を巨大な迷路に仕立てあげたのである。

空間を操作するだけでなく、この塔にはもうひとつ魔法がかけられていた。


塔へ入った者への妨害である。


この時計塔は様々な種類の戦闘訓練が行える、いわゆる「腕試し」の場所として森の内外から利用者が後を絶たない訓練スポットなのである。

この塔ならばある程度安全も保証されている。しかも、最終地点である頂上まで到達する者はほとんどいないという難しさ。

誰でも挑めるという条件を持つ「腕試し」など、そうあるものではない。


今日もまた、誰かが時計塔の中を駆け上がっていく。




その時計塔の頂上での話である。それはまだ、誰も到達したことのないと言われる頂上である。


そこには何もない。そして、誰もいない。風も吹かず、無音の世界。

誰も踏んだことのない床は埃が積もっている。どこからか吹かれてきたであろう砂は、床に積もり白く層を作り出している。

ふと、視線を上げると一面の緑が広がっている。


敬愛する、彼のエルフが護り育む命を刻む森。


所々に森が開かれている。

塔に挑むと言う自分を心配しながらも挑戦することを勧めた、もとい丸投げした様な気のいい人たち。その人たちが生活し、生きている村である。

小さかった。

森は広く大きいのに、人々が生きる場所は小さく狭いものだった。


湖があった。

すぐ横に小さな館があった。

それらは村から離れていたが、誰かがいるのだろう。

ほんのわずかな時間その湖と館に目を奪われていると、どこからか霧が漂いその場所を覆い隠した。

まるで、すれ違いざまに「出会えるのを楽しみにしているわ」と声をかけられ、ふわりとスカートを翻して去っていく様な一瞬であった。

その湖には、ふらふらと居場所を定めない兄を待ち焦がれる青い人魚が退屈な時間を過ごしていた。

その館には、未だお転婆が抜けない吸血鬼お嬢様と古い考えに縛られる堅物庭師が二人きりで変わることのないお茶会を開き続けていた。


別の方へ目を向ければ、建物が群れを成している一画がある。街である。そこは最新鋭の技術が集まり集められる場所。


山があり、川があり、道があり、建物があり。

頂上に立つ誰かは見たことがなかったであろう。

行ったことも、行こうとしたこともなかっただろう。


高みを目指し者よ。あなたは何を知っていただろうか。いいえ。あなたは何も知らなかった。


あなたはそれまでのことを思い返すだろう。

生まれ落ちてから過ごした時間。

助けられ、出会った人たち。

何も聞かず、そこにいることを許し受け入れてくれた人たち。


そこでは一人として誰も、あなたに道を強制しなかった。

示したり教えたりすることはあっても、道を歩かせることはしなかった。


道は、生き方は、自分で見つけなければいけない。自分の意思で歩き、意志を持って進まなければいけない。


ひゅう、と風が吹いた。

森の木がさわさわと音をたてる。


なんのために歩いていたのだろう。

なんのために生きていたのだろう。


ただひたすら高みを目指した者よ。あなたはそこで、自分自身に問うのだろうか。

あなたは何を見て、何を知って、歩き続けるのだろうか。







いつのまにか明るかった空は薄暗くなり、風が強くなってくるのだろうか。塔の下も目で確認することは出来ない。

下りるべきか。下りるならば、上ってきたあの道を再び戻るのだろうか。

また、あの暗い闇に伸びる階段をおちなければならないのか。

既に目が闇に慣れてしまうほどの時間が経過していたとしても、上を目指すのと下に降りるのとは条件がまた別のものとなるであろう。


そして、とうとう空に闇が満ちる。月がまだ輝きを得ていないその時、夜空を照らすのは星たちである。


大小様々な大きさの星たち。

色合いが違うもの。

粉の様に細かいもの。

大きく輝くもの。

小さいが遠くまで届く光を持つもの。

数えきれないほどの数を「星の数ほど」と例える時があるが、まさにそれであるだろう。

星の数は数えるのを途中で諦めるくらいたくさんある。それと同じ分だけ、大きさも形も色も輝きも違うのだ。

命も、きっとそうなのだろう。


「死んだものは空へあがって星になる」

どこかの世界でそう言った人がいた。死ねば星になると。そして、生きた分の命の輝きを持って空で輝き続けるのだと。


この世界では違った。

「星と命は同じものである」と、この世界では言われる。

誰かが生まれた瞬間に一つの星が生まれる。

誰かが死ねば星も死ぬ。

誰かの命が尽きれば一つの星の輝きも尽きる。

星の輝きは誰かが生きている証なのだと。

そして、誰かと誰かの繋がりは星座となって空で新たな物語を奏でる。


親は子にこの話を聞かせるとき、夜空を見上げてこう語る。

「ごらん、この空のどこかにあなたが輝いているんだよ」と。

そして、命の尊さを、無限の可能性を子に語るのだろう。

「生まれてきてくれてありがとう」という言葉と共に。

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