第8話 朝ごはんはカリカリベーコン

 朝日の眩しさで目を覚ました。


 今日からまた学校があるんだと、良太は眼を擦りながら身体を起こす。寝ぼけながら階段を下り、洗面台に向かい水を出した。


 冷水で顔を洗い、歯を磨く、キッチンからは朝食のベーコンの焼ける良い匂いが漂ってくる。良太の母が作るベーコンエッグはカリカリなのだ。


「おはよう良ちゃん」


「母さんおはよう」


 香ばしい匂いにつられるようにリビングに入ると、キッチンに立っていた母が朝の挨拶をしてくる。まだ家を出るにはかなり早い時間、良太はソファーで朝食が出来るのを待とうと移動するが、そこには先客がいた。


「……ん、ここはリムが先に取った。良太は他に座って……」


「そうだった……こいつがいたんだっけ……」


 抑揚のない可愛らしい声が耳に届き、良太は忘れていた存在を思い出して、額に指をあてる。


 そこには二日程前から浅野家に居候している女の子。薄い寝間着のまま、ソファーの上で横になっている彼女には普通の人間にはない特徴がある。


 鮮やかな紫の髪と赤い瞳、そして頭部に生える二本の角。


 初めはただの痛い系女子かと思っていたのだが、魔王の娘を自称するこの娘には特殊な力があり、一昨日それを目にした良太は彼女の話を信じざるをえなかったのだ。


「お前、自分の部屋で見ればいいだろ?」


「……こっちの方が大きい」


 彼女の部屋となった客間にはテレビも据え付けてあるのだが、画面が小さいのが気に入らないのか、昨日からずっとソファーを占拠して画面を見続けている。


「興味深い。こんな小さな箱で人間の事がわかる……」


 そう言ってテレビに齧りついているが、途中からアニメばかり流れているのは良太の気のせいではないだろう。彼女は日本が誇るアニメーションに心奪われてしまっているようなのだった。


「母さんからもなんか言ってくれよ。あんまテレビ占拠するなって」


「あら? 良ちゃんも昔はずっとそうやってたじゃない。自分はよくてリムちゃんはダメなの?」


「いや、そうだけど……」


 良太の小さい頃は食事の時以外画面に齧りつくテレビっ子だった。それを母は言うのだが、あくまで小学生の時の話、今は自分の部屋で空いた時間に好きな物をじっくり楽しむよう進化していた。


「リムちゃんはこっちの事を覚える為にお勉強も兼ねてるのよ。我儘言わないで我慢しなさい」


「別に俺が見たくて言ってるだけじゃないんだけど……」


 良太の母親にもリムの素性は明かしているのだが、海外から来たのと大して変わらないと気にしてすらいなかった。唯一気にしたのは彼女の親との連絡の取り方くらいだっただろうか。


 当のリムはしばらくは連絡したくないの一点張りで、結局魔王とは連絡が取れない状態なのだが……。


「じゃあいいじゃない。……はい、二人とも朝ご飯準備出来ましたよ」


「ごはんっ!」


「……っ?!」


 先ほどまでソファーの上でぐったりしていたリムが、風のようにテーブルへと移動する。それは良太が返事をするよりも速く、いつの間に立ち上がったのかすらわからなかった。


「ごっはんっ、ごはん~。……良太っ、早く席について、ごはんが食べられない」


「お、おう」


 箸を両手に一本ずつ握り締め、まだかまだかと良太を急かす。最初は箸の扱い方もわからないリムだったが、コツを覚えたのかほんの数日で器用に扱う事が出来ている。


「いただきます」


「順応するのが早い……」 


 席に着いた良太を見届けると、リムは両手を合わせて食事の挨拶。母が教えたことをすぐに呑み込む彼女は、まるで日本に住んだことでもあるかのように、知識を吸収し、実戦出来るようになっていた。

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