第3話 母の決定には逆らえない
一時限目の途中で教室に入った良太に、教師は放課後職員室に来るように言うと何事も無かったかのように授業を進める。
その後の記憶は飛び飛びで、まったく授業に身が入らなかった。教室の窓際の席でずっと窓の外を眺め、教師の注意の声も耳に入らない。
それは下校している間も続いた。今朝会った不思議な少女は大丈夫だろうか。トラブルに巻き込まれていなければいいと、そんなことばかり考えていたのだ。
友人も心配して声をかけてくれたのだが、事情は説明していない。
見捨てたと思われるのが嫌だった。一人でとぼとぼと歩いている内、いつの間にか自宅にまで辿り着いていた。
「おかえり良太」
「……っ?」
陰鬱な気持ちで玄関の扉を開けると、鈴が鳴るような声が降ってくる。顔を上げるとそこには、なぜか頭の角はそのままに良太のTシャツを着たリムがこちらを見ていた。
「はぁぁぁぁっ?!」
「あらあら、おかえりなさい良ちゃん」
良太の声が家の中に木霊するとキッチンの方から母親が出てくる。腰につけたフリルのエプロンで手を拭き、両手を振って出迎えてくれた。
「母さんっ! どういうことっ?!」
「リムちゃんよ。知り合いなんですって?」
「いやいやいやいやっ! そういうことじゃなくてっ。なんでリムがここにいるんだよっ!」
「買い物の途中で会って、リムちゃん行くとこが無いっていうから、家にご招待したのよ」
母に大声で問い詰めると、柔らかい声で短く説明してくれる。それでも良太の頭は事態を理解してくれない。
挨拶を済ませて満足したのか、リムはまるで他人事のようにリビングに歩いて行き、テレビの前のソファーに寝転がってしまう。
良太の母はいわゆる天然と呼ばれる部類の人で、優しいのだが騙されやすいというかどこか抜けているところがある。外で会ったリムの話を聞いて、素直に連れてきてしまったのだろう。
「リムっ! どういうことだっ!」
「ん? なに?」
「何じゃなくてっ! お前、自分家帰れよっ」
しれっとくつろいでいるリムを見て、無性に腹の立った良太はリビングのソファーに寝そべる彼女の元まで行き、声をかけるが、当の本人は話すら聞いていなかったようで、疑問符を浮かべている。
そんな姿に、つい声を荒げてしまった。
「……良太っ! 貴方困ってる女の子がいるのに見捨てるの? 母さんはそんな子に育てた覚えはないわよっ!」
「ぐっ……」
その光景を目にした母は、先程までのほんわかした雰囲気を一変させる。普段こそ温和なのだが、譲れない事にはしっかりとしかりつける事の出来る母親なのだ。
そんな母の声で、良太は言葉に詰まってしまう。
「だいたい良太っ。朝、話を聞いたのだったら、なんで家に連れてこないのっ! もし私が会わなかったらリムちゃんは泊るところも無かったのよっ!」
「でも、母さん、今朝は学校に行かなきゃいけなかったし……」
「でももへったくれもありませんっ! 本当に困っている人がいたのなら、学校くらい遅れてもお母さんは気にしません。……リムちゃんは何日か家に泊めて、私の方から親御さんに連絡しますっ。いいわねっ!」
「……は、はい」
こうなってしまった母には一度も勝てたことが無い。
仕方なく返事をする良太だったが、素知らぬ顔でお菓子の袋を開けているリムを見て、重い溜息をつくのだった。
「よろしい。じゃあ母さんは夕飯の準備するから、良ちゃんは家を案内してあげてね」
良太の返事に満足したのか母はいつもの温和な表情に戻ると、キッチンの方へ行ってしまう。
「案内って、そんな広い家でもないだろうに……」
そう呟きながらも母の機嫌を損なわないよう、リムをソファーから引き剥がしにかかるのだった。
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