第3話
レイナ先輩は裏通りの方向を指して、歩みを早めた。
サラの歩幅も合わせて大きくなる。
「表通りにも魔法クリスタル屋さんはあるんですけど、魔道士組合の直営なので少し料金が高いんですよ」
そう言ってどんどんと人気の少ない道に入っていく。
やがて、道自体が石で舗装されたものではなくなって、ただ土を固めただけのものになっていった。
ここら辺になると、表通りの商店街とは違って、ただの住宅街だ。
しかも、昔ながらの石造りの家でどれも年季が入っている。
はっきり言ってしまえば、あのホテルのオーナーの言葉ではないが、ぼろい家ばかり。
ぼろいと形容されたサラたちのメイド服がとても華やかに見えるくらいだった。
「あそこです」
土を少し盛っただけの階段の向こうに、小さな看板が見えた。
しかしそれは魔法クリスタル屋の看板ではなかった。
レイナ先輩のことだから間違ってるってことはないと思う。
とにかく一緒に入った。
扉を開けるとカランカランとベルが鳴った。
扉の上にベルが取りつけられていたみたい。
「……いらっしゃい」
声はすれども姿は見えない。
もしや何かの魔法を使って姿を消しているのだろうか。
そう思っていたら、目の前のカウンターにあった黒い布に包まれたものがのそのそと動いた。
……いや、それは〝もの〟ではなかった。
「もしかすて……これ、人かや?」
「ああん?」
黒い人のようなものを指でつついてみると、布の切れ目から顔が出てきた。
「あんれまあ……」
「サ、サラちゃん。し、失礼ですよ」
どうやらその人はマントとフードが一体化した、黒いぶかぶかの服をすっぽりとかぶっていたのだ。
フードをめくって現れたのは、赤毛が印象的な少女だった。
「レイナ先輩、お店間違えたべ。こんなちっこくてめんこい子供に魔法の補充ができるわけねーっぺ」
はははっとサラは笑ったが、レイナ先輩は冷や汗をかいて顔を引きつらせていた。
「レイナ、この者はマリリン亭のメイドか?」
「は、はい。申し訳ありません。セリカさんのことを話していなかったものですから。怒らないであげてください」
見た感じレイナ先輩よりずっと年下に見える……それどころかサラよりももっと年下に見えるその赤毛の少女に、レイナ先輩は頭を下げていた。
「よい、怒ってはおらぬ。事情を知らなかったのなら、仕方あるまい。それに、私のことを若くて可愛いと言ったからな。それに免じて許してやる」
「ありがとうございます」
「あんの……レイナ先輩?」
「サラちゃん、こちらはマリリン亭がいつもお世話になっている魔道士のセリカさんです」
「……へ? またまた、わだすが田舎もんだからって、からかうなんてレイナ先輩らしくねーべな」
アハハと脳天気な笑い声が店の中にこだまする。
「
「んのわっ」
いきなりロープのようなもので縛り上げられた。
…………よく見ると、それはロープではない。
黒い闇が紐のように細くなって、体にまとわりついているような感じ。
身動きが取れないという意味では、ロープと同じといえなくもないが。
「これでわかってくれたか? 私が魔道士だということは?」
「……これ、魔法なんけ?」
ドガシャア、と音を立ててレイナ先輩とセリカさんという魔道士が頭からこけた。
二人とも大丈夫なのだろうか。
「あんた、それが魔法でなかったらなんだっていうのよ!」
せっかくの可愛らしい顔を赤く腫れさせて、セリカさんはサラに詰め寄った。
「よぐわかんねーっぺ。わだすにはわからねーことの方が多いんでなぁ」
「……わかっていたこととはいえ、マリリンも相当な変わり者だな。このような者をメイドとして使っているとは」
「ま、まあサラちゃんにも良いところはありますし……」
レイナ先輩はエプロンのポケットからハンカチを出して汗を拭いていた。
「まったく」
セリカさんがため息をつくと同時に、サラの縛めは解かれた。
「とにかく仕事を始めさせてもらう。魔法クリスタルを出せ」
「はい。サラちゃん」
レイナ先輩に呼ばれて、サラは持っていた袋をカウンターに置いた。
「ふむ……」
セリカさんはその中からクリスタルを一つ一つ取り出し、値踏みするように見つめる。
「
「ありがとうございます」
レイナ先輩は金貨を一枚取り出し、代金を払った。
「それじゃあ、これは預かっておく。夕方までには全部補充して置くから取りに来い」
「はい。それではよろしくお願いします」
そうしてサラとレイナ先輩は店を出た。
「すぐにできあがるわけじゃねーんだな」
「ええ、仕事の依頼をしてるのは私たちだけじゃありませんし、セリカさんの仕事は魔法クリスタル関係だけじゃありませんから」
レイナ先輩の話によると、セリカさんは個人で経営している魔法の何でも屋みたいなものらしい。
組合とは関わっていないから身分の保障はされないし、魔道士としての最低収入も保証されない。
その代わりに好きな仕事だけやっていけるし、仕事が増えれば組合の魔道士よりも稼げるとかで何でも屋をやっているらしい。
なんでも、マリリンとは昔なじみとか。
「……マリリンと昔なじみって、だとしたら年はいくつなんだべか……」
マリリンはもう五十近い。
ってことは、あの容姿でかなり年はいっているということか?
年をとらない魔法でも存在するのだろうか。
「サラちゃん、その話題はセリカさんの前ではしないでくださいね。前にリータちゃんがぽろっとその話をした時は、とんでもない目に遭ったんですから」
その話をした時のレイナ先輩の表情は完全に血の気が引いていた。
「そんなことより、せっかくですからクロードスーズの町を案内します」
何かを振り払うかのように頭を振って、レイナ先輩はそう言った。
これといって見て回りたいものはなかったので、サラは適当に町を案内してもらった。
評判のパスタ屋さんに行ったり、洋服屋さんに行ったり、小物なんかを見たり。
でも、一番印象に残ったのは、公園のお店で売っていたソフトクリーム。
この世にこんな美味しいものがあるなんて初めて知った。
それだけで、今日という日はいつもより有意義に過ごせたと思う。
「幸せってーのは、こーいうことを言うんだべな、きっと」
「そんなに喜んでいただけたのなら、案内したかいがありました」
二人でソフトクリームを舐めながら、公園のベンチに座って空を見上げた。
日は傾き、空は赤くなり始めている。
「そろそろセリカさんのお店に行きましょう」
「んだな」
同じ道でも、表通りと違って日が少し傾くだけでもセリカさんの店へ向かう道は夜のように暗かった。
表通りには照明設備がしっかりしているから完全に日が落ちても、その暗さを感じることはないだろう。
でも、本当に照明が必要なのは、こういう道だと思う。
レイナ先輩はサラのために魔法で道を照らしてくれた。
「……少し遊びすぎたかも知れませんね。急ぎましょう。あまり遅れると、馬車で宿場町に戻るまでに夜になってしまいます」
夜の闇が怖いわけではないが、面倒なことは間違いないので、サラも同意した。
足早に階段を上り、少し乱暴気味にセリカさんの店の扉を開ける。
最初に入った時よりも強めにガランガランと鐘が鳴った。
「レイナたちか、できあがっておるぞ」
そう言って布の袋をカウンターに置いた。
「ありがとうございます」
「あんりがとうごぜえます」
二人揃って礼を言い、サラは袋を受け取って背中に担いだ。
クロードスーズの馬車の停留所は、さすがにサラたちの住む宿場町の停留所と違って十台以上の馬車が止まっていた。
数は多いが、来た時のように乗る馬車を選ぶことはできなかった。
停留所に並んだ順番に、次々と馬車に乗り込んでいく。
ということは、運賃の交渉もできない。
サラたちも馬車を待つ人の列に並び、順番に乗った。
「宿場町まで、お願いします」
「はい、かしこまりました」
そう言うと、御者が手綱を握った。
夜道はサラが思っていた以上に進むのが困難だった。
たとえ御者の許可が下りても、魔法を使ってスピードを出すのは危険だった。
まだ空は赤みがかっているけど、左右を森に囲まれた道は、ほとんど夜と同じだった。
明かりは馬の先に点けた魔法クリスタルの明かりのみ。
それを頼りに進むのだから馬だってそれほど速く走るわけにはいかない。
マリリン亭に戻る時には完全に夜になっているだろう。
「マリリンは怒ったりしねーかな」
「……心配はしてるかも知れませんね」
「そっか……、だとしたら謝らんとな」
そう言った時だった、急に御者が馬車を止めた。
馬はヒヒーンと鳴き足を舞い上げた。サラとレイナはつんのめって椅子から飛び出しそうになる。
御者は立ち上がって馬の前を見下ろして叫んだ。
「ちょっと君、危ないじゃないか!」
御者は〝誰か〟に話しかけているようだった。
動物だったら、そんなことはしないで避けて通るだけだからだ。
「……どうしたんですか?」
レイナ先輩が御者に聞いた。
「いや、子供が飛び出してきたんですよ」
「子供?」
サラはレイナ先輩と顔を見合わせた。
こんな夜に、森の中の道を子供が通るだろうか。
「ちょっと話をさせてもらっても良いでしょうか?」
「え、でも……。遅くなるとこの辺の道は最近物騒なんですよ」
レイナ先輩の提案に、御者はあまり乗り気ではないようだった。
サラたちだって、どちらかというと先を急ぎたい。
しかし、こんなところに子供を放って置くわけにはいかなかった。
物騒だなんて話を聞いてしまっては、余計に。
サラとレイナ先輩は馬車から降りて馬の前に行くと、そこには確かに少女がうずくまっていた。
背格好からしたら、十二歳くらいだろうか。
お姫様が着るようなピンク色のドレスを着ていたが、まるで野山を駆けずり回ったかのようにボロボロだった。
「どうしたんだっぺ? 大丈夫け?」
サラが声をかけると、そのボロボロのドレスを着た少女は抱きついてきた。
肩を振るわせて、泣いているみたい。
「……あんの、黙ってばかりじゃなんもわからんのだけんどねぇ」
「サ、サラちゃん。その子をお願いしますよ!」
「――は?」
レイナ先輩が急に声を張り上げた。
いったい何事かと思って少女を抱いたまま見上げると、レイナ先輩は見たこともないくらい真剣な眼差しをして森の奥を見つめていた。
「……来る!」
そう言った次の瞬間、森の木々をバリバリと破りながらクマのような姿をした――。
「ま、魔物だぁ!!」
御者はそう叫んで逃げ出してしまった。
『グウルルルルルルルル……』
口から涎を垂らしながら、クマのような姿をした魔物がサラたちを見下ろす。
「サラちゃんはそこから一歩も動いちゃダメですよ!!」
「どうするつもりだっぺ!?」
レイナ先輩は魔物と対峙した。
まさか、戦うつもりなのか。
男の御者でさえ逃げ出してしまったというのに。
「大丈夫です。この程度の魔物なら……!」
言うや否やレイナ先輩の両手が光る。
それは、魔法の輝き。
『ガアッ!!』
まるで光に寄ってくる昆虫のように、魔物は光にひるむどころか突っ込んできた。
「レイナ先輩!!」
サラが叫んだ時には、その場にレイナ先輩の姿はなく、空を舞っていた。
そして――。
「
レイナ先輩の両手から放たれた光の帯がいくつも魔物に降り注いだ。
『グルガアアアアアアアアア!!』
光の帯は魔物の頭を打ち抜き、腹を突き破り、四肢を引き裂いた。
「……ふぅ……」
レイナ先輩が地に降りると、魔物がズシャリと崩れ落ちた。
「すげーっぺな」
ほんの少し魔法が使えるなんてものじゃない。
レイナ先輩は魔物を倒せるほどの魔法が使えたのだ。
「……たいしたことじゃありません。それよりも、どうしましょう。ここから歩いて帰るのは……。それに……」
レイナ先輩はサラに抱きついたまま一向に離れようとしない少女をチラリと見た。
「馬の扱いならわだすも少しくれーできっからだいじょぶだ」
馬車は宿場町の停留所に預けておけば引き取りに来るだろう。
「でしたら、その子はクロードスーズの町へ連れて行きましょう。あそこには役所もありますし……」
「何言ってんだべ。マリリン亭で預かってあげればいーべ」
「え……で、ですが親御さんも心配しているかも知れませんよ」
そんなことより、こんな夜の道を一人で歩いていたのだ。
おまけに魔物にまで追いかけられて。
「今は安心できるところで休ましてあげんのが一番だっぺ」
そう言って、サラはその子を抱いたまま御者の座っていた席に座る。
「さ、レイナ先輩も乗ってくんれ」
「……わかりました。マリリンさんには、私からも事情を話しましょう」
なんだかんだ言って、レイナ先輩も同意してくれた。
――結局、マリリン亭に帰れたのは夜八時を過ぎてからだった。
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