後夜祭へ

「し、新メンバー!?」

「そうだ、言ってなかったか?」

「全く聞いてませんよ!」


 急に何言ってるんだこの人は!?


「いやいや、そもそもアイドルなんてムリでしょ!?」

「何故だ?」

「だって、私──」

「何だ? 聞こえないぞ」

「私、男なんですっ!」


 私の重大な告白に、プロデューサー何とも思っていないような仕草で眼鏡を持ち上げた。


「ん? ああ、そんな事か。とっくに知っているぞ」

「え?」

「その上で言っているに決まっているだろう」

「いやそれだともっとおかしいでしょ!」

「そんな事はない。アイドルの形は人それぞれだ」


 いやそうだけど。

 男が女性アイドルグループに入るのは違うでしょ!


「では、今日のライブ、どう感じた?」

「どう感じたって……」

「楽しくは無かったか?」

「う、それは……」


 今日のライブの事を思い出して、少したじろぐ私。


「なんなら、正規メンバーじゃなくていいんだ。たまに入る臨時メンバーという形ならばどうだろう」

「いや、でも……」

「大丈夫だ。俺達がしっかりサポートする」


 なんかこれ聞いたことある……。

 たじろぐ私にプロデューサーはさらに詰め寄る。


「迷っているなら踏み出すべきだ。やって損することはないんだからな」


 私はじっくりと考えた後、答えを出した。

「……じゃあ、よろしくお願いします」

「ああ」


 プロデューサーががっしりと私の手を掴んで握手をした。


「よし、ここから抵抗感を薄くしていけば……」

「? 何か言いました?」

「いや、何でもない」


 私が何を言っていたのか聞くと、気味が悪いほどの笑みを浮かべて何でもないと答えるプロデューサー。

 やっぱり何か企んでない?



★★★



 文化祭の三日目は後夜祭がある。

 ライブが終わった後、僕は普通の男子に戻り、空き教室の窓からグラウンドを見下ろしていた。


 薄暗くなった空。グラウンドにフォークダンス用のキャンプファイヤーの木が運びこまれている。

 文化祭終了までまだ少し時間はあるけど、みんなの雰囲気は後夜祭へと向かっていっている。


「こんなとこにいたんだ」

 振り返るとそこには張替がいた。

「まぁ、ちょっと風に当たりたくて」


 そう言うと、グラウンドを見下ろす。

 張替は僕の隣にやって来て、窓を背をもたれた。


「ねぇ、昔何があったの。聞いていい?」

「別に何もないよ」

「何も無かったら、そんなに寂しそうな顔しないよ」


 少し震えた張替の声。

(まぁ、張替なら話してもいいか)


「僕、昔はイケメンリア充だったんだ」

「……ああ、うん」


 張替は何か言いたそうだったが、僕は気にせず続ける。


「それで、クラスの中心だったから色々頼られてたんだけど」

「う、うん……」

「その中で、一回いじめられてる女の子に助けて欲しいって言われてさ」


「僕は頑張って彼女がいじめられないようにしたんだけど。ちょっとミスっちゃってさ、今度は僕がいじめられるようになっちゃったんだ」


「……そんなの」


「僕は助けを求めたけど、彼女は助けてくれなかった。それだけだよ」


 だから目立たないように、頼られないように、標的にされないように、僕は今まで過ごして来た。


「……すごいね、ハルは」

「凄くないよ、今だって怖いんだ」

「すごいよ。私にとっては」


 後ろから張替が抱きついてくる。


「頑張ったよ。頑張った」

「ちょ──」


 離れて、と言う前に張替は僕からぱっと離れて、微笑んだ。


「よし、行こ! 後夜祭行くでしょ?」

「……ああ。けどちょっと取りに行くものがあるから先に行ってて」


 僕の言葉に張替は不思議そうに首を傾げる。

「? 分かったけど……」

「じゃ」


 そう言って別れると、あるものを取りに向かった。

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