ライブ直前

「よし、これぐらい出来れば十分だろう」

 プロデューサーがそう言うと、僕を含めた全員か、はぁーっと息を吐いた。


「やっと終わった……」

「めっちゃ疲れたね……」

「いつもの倍は真剣にやったかも……」


 僕もメンバーの皆も疲れた表情をしている。

「よし、しっかりと休んでから移動するぞ」


 プロデューサーが腕時計を見て「三十分休憩だ」の言うと、どこかへ歩いていった。


「ハル、お疲れ」

「ん? ああ、ありがと」

 張替が飲み物を差し出しながら僕の隣に座り込んだ。


「張替はいっつもこんなに練習してるの?」

「いや、今日は特別。誰かさんのせいでね」

「ごめん……」


 気まずくなって顔を逸らす。


「ていうか、ハルなんでそんなにダンス上手なの? 私、自信無くなってきたんだけど」

「まぁ、昔ちょっと齧ってたというか……」

「ふーん」


 じっと張替が私を見てくる。


「別に、昔から女装してたって意味じゃないから」

「その割には女の子の仕草が堂に入ってたけど」


「いや、それは……」

「それは?」


「昨日から、“あっちの自分”と一緒で、女装するとスイッチが切り替わるようになったというか……」


 そう。昨日のミスターコンで女装したのを堺に、女装すると“あっちの自分”と同じように、仕草はおろか、思考すら女性寄りになるようになって来たのだ。


 恋羽が申し訳なさそうな顔で頬をかく。

「それ、もしかして私のせい……?」

「もしかしなくてもそうだね……」


 こういう風になった理由は自分でもよく分からない。

 そもそも“あっちの自分”がああなった理由も良く分かっていないのだ。

 心当たりがあるとすると、私が“今の自分”になった時の事ぐらいだけど……。


「よし、移動の時間だ」

 考え事をしていると、プロデューサーが入ってきて、そろそろ時間であることを伝えた。


「はい」

「はーい!」

「りょーかい」

 私達は立ち上がってプロデューサーへとついて行き、バックヤードまでやってきた。


 そこで登場する時などの打ち合わせを軽くして、ライブまでの少しの間自由時間になった。


 緊張をほぐすため少しそこらを歩いていると、目の前に手で顔を覆っている魚形さんがいた。

「あれ、魚形さん?」

「は、はいっ!」


 魚形さんはびくっ! と肩をはねて振り返り、私を見た。

 あれ、顔が赤い。

 体調が悪いのだろうか。


「あ──」

「ん? どうしたの?」


 私が近づくと、何故か彼女は目をぐるぐると回し始めた。


「うぅ……」

「具合悪いみたいだけど大丈夫?」

「うぅぅぅ……」


 やっぱりどこか体調が悪いのだろうか。

 もしあれなら今すぐ保健室に──。


「ご、ごめんなさい!」

「あっ!」


 突然彼女はそう言って走っていってしまった。


「なんか、前にもこういう事あったなぁ……」

「ハル、どうしたの?」

 恋羽が後ろからひょこっと現れる。時間になったので私を呼びに来たらしい。


「ううん、ちょっとね」

 私は首を振って何でもないことを恋羽に伝えた。


「よし、行こっか」



★★★



 スポットライト。

 ステージの上。

 光り輝くペンライト。


 異様なまでの熱気がライブ会場である体育館を飲み込んでいた。


「遥子ちゃん! 行くよ!」

「はい!」


 メンバーの一人から名前を呼ばれ、私は勢い良く返事をする。

 私はは今きらきらのアイドル衣装に包まれてステージの袖に立っていた。


 前を向くと、そこには恋羽とアイドルグループのメンバー達。

 私とは違って、これからパフォーマンスをするというのに、緊張するどころか笑うくらいの余裕を持った雰囲気だ。

 加えてさっきまで猛練習をしていたのに、そんな疲れを感じさせていない。


 「流石プロだな」と感心していたその時、恋羽が振り返った。


「ハル!」

「……うん!」


 ぱちん! と頬を叩いて気合を入れるとにっと笑う。

 それを見て、恋羽もにっと笑った。


「よし! 行こう!」

 恋羽の声と同時に、光の方へと走っていく。


 ライブが始まる。

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