オーディション
人目につかない体育館倉庫裏。
津瀬の件が終わって十分もしない内に、姉さんはやって来てくれた。
「姉さん、来てくれてありがとう」
「久しぶりだね、こういうの」
いつもは不機嫌そうな無表情の姉さんだが、今日は何故か上機嫌に笑っている。
「で、何教えてほしいの?」
「えっと──」
教えて欲しい事をこれまでの事情と一緒に、姉さんに伝える。
「なるほどね。それなら私が適任だね」
「うん、姉さんなら色々と知ってるし」
「それにしても一時間でなんて、本気?」
懐疑的な声で質問する姉さんに、僕はにっと笑って告げた。
「これでも、学年一位だからね」
そして一時間後。
「うん、いいんじゃない?」
「……驚いた、まさか一時間でここまで持ってくるとは」
僕が肩で息をしている傍らで、姉さんは満足そうに頷き、途中から合流した櫻井は僕を驚きの表情で見つめている。
「はぁっ……はぁっ……、よし!」
一時間しか練習できなかったが、ここまで持ってくる事ができた。
「ほら、これ。頼まれてた物だよ」
櫻井が頼んでいた物を渡してくれる。
「ああ、ありがとう」
「ん。じゃ、後は頑張れ」
櫻井はそれだけ言うと手をひらひらと振って戻って行った。
櫻井が戻ると、僕はいつもの空き教室へと行き、今のメイド服を脱いで新しい“衣装”に着替える。
着替え終えた事を、後ろを向いていた姉さんに伝えると、振り返った姉さんはふふ、と笑った。
「さすが私の弟、似合ってるわね」
「姉さん、とびきり可愛くして」
姉さんは唇を上げてニヤリと笑った。
「了解」
★★★
ハルが急に出て行ってしまった後、私達残り四人は緊急のミーティングをプロデューサーさんと開いていた。
割り当てられた空き部屋の中には重い空気が立ち込めている。
どうしよう。ライブの直前でメンバーの一人が欠けてしまった。
今日のライブで披露する三曲はどれも五人のユニット曲。このままだと一人欠けた状態で
それはまずい。今日の曲は彼女がセンターとして歌う曲があるのだ。
メンバーの中から代役を立てる事もできるが、それだとどうしても迫力に欠けてしまう。
「さて、どうしたものかな」
プロデューサーさんが眼鏡を持ち上げて思案する。
彼にとっても今回の事態は予測していなかったようで、もちろん良い案なんてすぐに出てくるわけが無い。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いや、事故ならしょうがない。それよりも早く対応を決めなければ──」
プロデューサーがそう言いかけた時。
「わ、私にやらせて下さい!」
その場にいた私達全員が、いきなり現れたその声の主を見て、そして驚愕した。
(──か、かわいいっ‼)
なぜならそこにいたのは、何故かアイドル衣装を身に纏って美少女と化したハルだったからだ。
しかも今のハルは私がメイクした時よりも数段可愛くなって、そこらのアイドルの比じゃなくなってる。
「は、ハル!?」
「ん? 知り合いか?」
プロデューサーが私に聞いてくる。
「はい、えっと……ちょっとすみません!」
私はハルの方へと駆けていき、ハルの耳元まで口を寄せてこそこそと話す。
うっ、汗ばんでるハルからなんかいい匂いが。
っていやいや、そんな事を考えてる場合じゃない。
「ハル、何やってるの!?」
「私が代役として出る」
「いや無理でしょ! それに、人前に出て大丈夫なの……?」
「大丈夫。ちょっと見てて」
「え?」
そう言ってハルは急にその場で踊り始めた。
★★★
言葉で語るより、見せたほうが早い。
そう判断した僕はその場で今日のライブで歌う曲の一つを歌い始めた。
「───ほぅ?」
「お、踊れてる……」
「しかも歌うま……」
僕の歌とダンスを見て、張替やメンバーの四人は驚きの声を上げている。
一曲歌い終えると、肩を上下させながら彼を見た。
「どうですか?」
「ふむ……」
プロデューサーさんは俯いて少し思案した後、ぼそりと聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。
「──これはイケるな」
「え?」
「よし、採用だ」
「プロデューサー!?」
張替が驚愕した表情で振り返りプロデューサーを見た。
「まだ甘い所もあるが、実力的には問題ない。これで行くぞ」
「いや、でも──」
「私は賛成だな。代役として十分務まると思う」
張替が否定しようとすると、怪我をした彼女が口を挟んだ。
「本人もそう言っている事だ。それに今の見たところでは別に問題ないだろう」
「それは、そうですけど……」
「元々四人で行くのは無茶があったんだ。それにこれはチャンス──いや、何でもない」
プロデューサーはまた何か言いかけた後、ぱんぱんと手を叩く。
「そうと決まれば後の二時間で完成まで持っていくぞ。今すぐ練習だ」
メンバーたちは「はーい」と返事してぞろぞろと練習場所へと向かっていき、僕と張替だけが残った。
「……ねぇ、本当に大丈夫なの?」
張替は僕が人前に出て大丈夫なのかと心配しているようだ。
「大丈夫。今回は笑われる訳じゃないし」
「でも、もしかしたら」
「大丈夫だって。信じて」
ぽんぽんと頭を撫でると、張替は顔を赤くして黙りこくってしまった。
「……ずるい」
「ごめん、今度埋め合わせするからさ」
「……分かった。じゃあしっかり練習して、完璧なパフォーマンスにするよ!」
「ああ!」
張替がぎゅっと手を握って僕を引っ張る。
そうして僕達も部屋から出ていった。
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