学園のアイドルが陰キャラの僕に「女装しろ!」と迫ってくる件について 〜女装したら彼女に愛されすぎて困ってます〜

水垣するめ

始まりは突然に。

 何を隠そう。僕は女性が大の苦手だ。

 小学校の頃、女の子にこっぴどくフラレたのを筆頭に、子供の頃から僕は女性にさんざん裏切られてきた。

 女性という生き物は怖い。

 すぐに手のひらを返し、裏で陰口を叩かれるのだ。

 そうした経験から女性を敬遠し続けていたが、そのせいでまともにコミュニケーションを取ることが出来なくなってしまった。

 自分でも情けないと思うし、治したい気持ちは大いにあるが、なかなか治せないまま十七歳の秋を迎えてしまった。


 そして女性に対しての挙動不審さと、目が隠れるほどに伸びた前髪に眼鏡なのも相まって、あだ名は「オタク」になった。

 女子生徒からはキモがられ、男子からは笑われている。

 いわゆるぼっちだ。


 だが問題ない。

 学生の本分は勉強。僕は勉強さえでき、学年一位の座を守り通せるのなら、周りがどれ程バカにしようとも関係ない。


──はずだったが。


「ねぇ、女装してみませんか!?」

 僕の目の前に立つ、学園のアイドルと呼ばれる美少女は、きらきらと目を輝かせ、女物の制服を僕に差し出していた。


 どうしてこうなったんだ。



★★★

 


 朝、登校して席につくと、単語帳を鞄から取り出した。

 そして赤シートで隠し、単語を覚えているかどうかを確認していく。

 いつもの通り勉強していると、周りから嘲笑が聞こえてきた。

 それはクラスの端に固まった陽キャの集団からだっだ。


「あいつ、今日も勉強してるよ」

「ぼっちで寂しー」

「毎日学校来て楽しいのかな、あいつ」


 ほっとけ。

 僕は勉強しに学校に来てるんだ。

 学生の本分を忘れ仲間と群れる貴様たちには、この努力の尊さは分かるまい。


 眼鏡を持ち上げ、気にしていない風を装う。

 本当だ。全く気にしてない。

 だから何度も同じページをめくっているのは何かの間違いだな。うん。


 その時、教室の扉が開かれる。

 入ってきたのは、学園のアイドルこと、張替恋羽はりかえこはねだった。

 肩にほどまで茶髪に、すらりと伸びた長い脚。活発そうなのに一切着崩すことなく着られた制服は、どこか清楚な雰囲気を醸し出していた。


「おはよー」


 彼女が挨拶すると、すぐに周りに人だかりができる。

 そんな彼女を見て、近くにいた男子二人組が話し始めた。


「いいよな、張替さん。あれで誰にでも分け隔てなく接するから女神だぜ」

「しかも現役のアイドル! 最高にいいよな……」


 張替恋羽はアイドルだ。

 世間ではそれ程有名ではないけれど、この狭い学校の中では周知の事実である。


 チラリと彼女を見て、また手元の単語帳に目を落とす。


 トップカーストと、学校一の陰キャ。

 絶対に相容れない存在。


 僕はずっとそれを、遠くから眺めているだけだった。


 そうして陽キャに笑われながらも、一日を終えて、放課後になった。


「うげ、雨かよ」

 帰ろうとした瞬間、窓の外では雨が降っていた。

 いつもなら天気予報を見てしっかり準備してくるのだが、生憎今日に限って寝坊したので持ってきていない。

 無料の貸出傘を借りてこよう。

 そう踵を返すと、誰ががぶつかってきた。


「きゃっ!!」

「うわっ!」


 大きく体勢を崩し、二人一緒に倒れてしまった。


「いたた……」


 目を開けると、そこには学園のアイドルである張替恋羽がいた。

 しかも、転んだ時に覆いかぶさるような体勢になってしまっている。


「ご、ごめんっ!」

「いえ、わたしも不注意だったので」


 慌てて飛び退く。

 そこで初めて、僕の眼鏡がないことに気づいた。転んだ拍子に落としてしまったのだろう。幸い、すぐにそばにあったので拾い上げてかけ直す。

 眼鏡をかけ直し、改めて彼女の方に向き直ると、彼女は僕の顔をじっと凝視していた。


「え、ええと?」

「あっ、ごめんなさい」

 張替さんが立ち上がって制服についた汚れを払う。

「では急いでいるので、これで」

 張替さんはにっこりと笑って、その場を急ぎ足で立ち去った。


 ──その時、すれ違いざまに聞こえた「これはイケる」というのはきっと聞き間違いだろう。




★★★



 次の日。いつもの通り単語帳をめくりながら登校し、下駄箱を開ける。

 その時、何かがカサリと落ちた。


「?」


 どうやら下駄箱に入れられた紙切れが、上履きを取り出すのと同時に落ちてきたらしい。


 やれやれまたか。

 またか、と言うのもこういう事はたまに起きる。

 お菓子のゴミ袋とか、ジュースの空き缶とか、よく悪戯で下駄箱に入れられていることがある。

 ……泣いてなんか無い。全然悲しくない。どうせ僕の頭脳に嫉妬した誰かの仕業なんだ。


 取り敢えず、紙を拾い上げて、書かれた内容を見てみる。

 そこにはこう書かれていた。


『放課後、空き教室に来てください』


 まさか。いやそんな馬鹿な。

 これは、もしかして俗にいうラブレター、というもやつなのでは?


 焦るな。落ち着け。

 ああそうだ。これもきっといたずらだ。

 そうに違いない。じゃないと僕にラブレターなんて来るわけないじゃないか。


 ……自分で言って悲しくなってきた。

 まあとにかく、こんないたずらに反応してやる義理はない。

 だから、いつも通りだ。

 紙を無造作に鞄に突っ込むと、教室へと歩き出した。





 放課後、空き教室に結局来た僕はそわそわと落ち着かない様子だった。

 悪戯の類いだと殆ど確信してはいたのだが、何故かこうしてやってきている。

 万が一の可能性を考慮した結果だ。

 まあよしんば万が一を引いても、学生の本分は勉強。僕も女性が苦手なので、断るつもりではあるが。


 その時、教室の扉が開かれる。

 扉の方を見て、入ってきた人物に僕は驚愕した。


 なぜなら、入ってきたその人物こそ、昨日ぶつかってきた張替恋羽はりかえこはねだったからだ。


 なんで学園のアイドルがここに……?


「あ、奏雨遥真かなめはるまくんですか?」


 僕の名前を知っている。どうやら何かのまちがいではないらしい。


「あ、ああ、そうだ」


 張替は顔を赤らめ、もじもじと居心地悪そうにしている。

 慌てて周囲を確認するが罰ゲームや、ドッキリを見守るようなそれらしき人物は見当たらない。


 こ、これひょっとするんじゃ……?


「あ、あの!」


 張替が意を決したように顔を上げる。

 僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「──女装に興味はありませんか!?」


 勢いよく差し伸べられた女物の制服。

 張替は目をぎゅっと瞑って僕の答えを待っている。


「……」


 いきなり告げられたその言葉が、よく理解出来なかった。

 腕を組んで天井を見上げ、その言葉をもう一度よく咀嚼してみる。


『女装に興味はありませんか』


 ……。


 …………。


 ……………はい?

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