第3話 救済の五英雄

 その日、世界は滅びに瀕(ひん)していた。


 ブノノクによる地球支配が完了した後、地球各地に存在した核兵器と関連施設は、全てブノノクの管理下に置かれた。


 その核兵器管理施設に対して行われた、全世界同時襲撃。攻撃してきたのは、グランで作られたロボット兵。まずネズミ型のコアブロックが基地内に侵入し、施設内でグランを結合、人型兵器となって暴れ始めたのだ。


 しかし当時はブノノクがグランを地球に公開してからまだ二年、地球人はその使い方を理解していなかった。はずだった。ただ一人の例外を除いて。アレクセイ・シュキーチン。頭脳の超人である。




 ブノノクの侵攻から遡(さかのぼ)る事およそ二十年、経済の巨人ボック財団が世界中で秘密裡に押し進めた計画があった。それが『超人計画』。人間を遺伝子レベルで改造し、その限界を超えた存在を作り出そうとしたのだ。


 大金を投入し、実験に実験を重ねた結果、二例のみの成功を得た。ロシアで生まれた、脳神経機能の強化を受けた実験体にはアレクセイ、日本で生まれた、肉体機能の強化を受けた実験体にはイナズマと名前が付けられた。


 二人は共にアメリカの施設で育ち、幼少時から専門教育を受け、成長するに従い競うように能力を開花させた。


 そしていつしか二人は、かけがえのない友となった。


 だが順調に見えたのも束の間、時代の変化が二人を襲う。ブノノクの侵攻である。研究資金は打ち切られ、アレクセイはロシアのシュキーチン家に、イナズマは日本の神討家に、それぞれ養子として迎えられた。


 ボック財団が再びイナズマと接触、鬼剣『轟(とどろき)丸(まる)』を渡しアレクセイ討伐を命じたのは、それから四年後の事である。




 ボック財団はアレクセイ造反の動きを事前に察知していたものの、それを止める事ができなかった。


 アレクセイはシベリアにいた。それを見つけたのは、天空より世界を見下ろす眼、リタの『天頂眼』。


 だが天頂眼では、おおよその位置しか掴めない。しかも軍事力による攻撃はブノノクの許可が下りなければ実行できない。


 まだ天裁六部衆が誕生する前の事である。このときアレクセイ討伐のために自由に動かせた戦力は、ボック財団の民間輸送機と、彼らの集めた英傑、すなわち天頂眼のリタ、天才ボブ・ホーリー、猛牛アマンダル、馬帝ハーン、そして超人イナズマの五人のみ。


 幾つかの旧軍施設では、数時間のうちに防衛システムが破られると予想されていた。時間はない。五人は輸送機に乗り込んだ。




 吹雪に凍える深夜のシベリア、永久凍土の上でアレクセイは世界数十箇所の同時攻撃を制御していた。


 体高三メートルに達する大型のグランアーマーを身にまとい、その中で世界中のグランロボットを操作するのだ。


 と、内部モニターにアラートが表示された。


 振動を検知。どうやら何者かが近付いて地雷を踏んだらしい。


 自らの強力なジャミングのせいでレーダーは使えないが、たとえ戦車だろうとこの地雷原を突破できるとは思えなかった。問題はあるまい。


 また振動。前進しているのか。だが戦車にしては速度が遅い。また振動。地雷を踏みながら、それでいて破壊されずに前進している。


 何者だ。アレクセイは、ある可能性を考えた。いや、それはない。そんなはずはない。


 だが相手は何度も地雷を踏みながら、着実に近付いていた。そしてついに、アレクセイの視界の中で地雷を踏む。


 轟音と爆煙の中からアレクセイの前に現れたのは、ブリキ缶を積み重ねたかのような、不格好な、けれど間違いなくそれはグランアーマー。


「誰だ、君は」


 思わずアレクセイは語りかけた。不格好なグランアーマーは、自らの胸のハッチを開くと、中にある分電盤のようなスイッチを切って行く。


 グランの結合が解かれて霧状になり、やがて風と共に消滅したとき、中から現れたアフリカ系の少年は不意に脱力したかのように、膝から崩れ落ちた。


「ボブ・ホーリー」


 思わずアレクセイは駆け寄った。二人には面識があった。かつて同じ大学で学んでいた事があるのだ。


「やあ、話すのは初めましてだね、アレクセイ」

「それは、そのグランアーマーは君が作ったのか」


 そうとしか考えられない。ボブ・ホーリーは当時十五歳ではあったが、グラン研究のエキスパートであり、この分野に関しては――アレクセイ・シュキーチンを除けば――世界最高の頭脳の持ち主と言えた。


 いまの地球でアレクセイ以外にグランアーマーを作れる人類がいるとしたら、彼以外には有り得ない。ボブ・ホーリーは嬉しそうに微笑んだ。


「そうだよ、オレが一人で作ったんだ。でもやっぱり駄目だね、君のグランアーマーとはデザインからして違う。それにその大きさ。中の人間の体型に関係なくグランが組めるんだね。凄いや。君には教えて欲しい事ばかりだ」


 そのキラキラと輝く、それでいて貪欲に全てを飲み込まんとする瞳に、アレクセイは返すべき言葉を失う。


 ボブ・ホーリーはグランアーマーを、いや、その中にいるアレクセイを見つめた。


「もうやめてくれないか、アレクセイ。君を失うのは、この世界にとってあまりに大きな損失だ」


 一瞬の沈黙。けれどアレクセイはこう答えた。


「それはできない。私は人類を滅すると決めたのだから」

「アレクセイ」


「だがもし人類が生き残ったとしても……君がいればなんとかなるさ」


 そのときアレクセイのグランアーマーに網が投げ掛けられた。ナイロン製の荷物固定用の網。


 それを左側にアマンダルが引っ張り、端に鉄のペグを通し、素手で永久凍土に打ち付ける。猛牛と謳われるアマンダルの肉体の成せる業。


「何の真似だ、こんな事をしても」


 そこに重ねて網が被せられ、今度は右に引かれた。その右端に、ハーンがペグを打ち付ける。馬帝と呼ばれる偉丈夫は、格闘技界の王であった。


「無駄だというのが何故わからない」

「無駄ではない!」


 ハーンが叫ぶ。


「そう、もはや無駄ではなくなった」


 アマンダルも言い切る。


 アレクセイは気付いた。ボブ・ホーリーが作った、そしておそらくアマンダルとハーンも通ったであろう道を走り、近づいてくる光がある事に。


 バイクか。だが舗装もされていない穴だらけの凍土の上を走っているにしては、正気を疑うスピードである。


 グランアーマーのカメラがズームアップする。ハンドルを握るのは、ブロンドの髪をなびかせる少女。その後ろ。誰かが立っている。男か。バイクのライトが邪魔で顔は見えない。手に握られているのは、刀。反りのない真っ直ぐな片刃の刀身。切っ先は尖らず四角い。


 アレクセイのグランアーマーの手先が回転式のカッターに変化し、網を切り裂き立ち上がる。だがその僅か数秒の間に、バイクはアレクセイの目の前にまで達していた。


 バイクがジャンプし、後ろに立っていた男はさらに高く跳ぶ。刀を上段に振りかざして。


 アレクセイのグランアーマーに武装はない。グランアーマーはそれ自体が矛でもあり、盾でもあるからだ。


 機関銃でも、ミサイルでも、地球人の武器では傷の一つもつけられぬ無敵の装甲。理論上ではそのはずである。


 だがそこにいま、一本の刀で斬りかかる男がいた。その顔が、見えた。


「イナズマ……」


 動きの止まったアレクセイのグランアーマーを、イナズマは袈裟懸けに斬り下ろした。斬れぬはずの物を。


 音もなく噴き出す血潮。倒れ行くグランアーマー。その瞬間、アレクセイはどんな顔をしていたのだろう。イナズマには見えなかった。けれど。


「仲間を大切にな」


 その声だけが聞こえた。


 中の人間が死ねば、グランアーマーは結合を解く。ならばこのとき、イナズマはアレクセイの死体を見たはずである。


 だがイナズマにはその記憶がない。ただ、これで世界は救われた、そう誰かがつぶやいたのは覚えている。


 そして、二十六年の歳月が過ぎた。

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