新たな気持ち ②

 午後の授業も終わり放課後になった。朝から調子が良くなかったので長く感じた一日だった。


「……やっと終わった」


 疲れた表情で片付けをしながら呟いた。その声に美影が気が付いたようで心配そうな顔をして見ていた。


「どうしたの、今日は朝から調子が悪そうだったけど、部活はどうする?」

「ううん、部活は出るよ。まぁ、あんまり調子は良くないけどね」


 俺の返事を聞いて美影は少し安心したみたいだが、本音を言えば部活は休みたかった。でも先輩達が引退してまだ二日目なので休むには気が引けた。


「本当に大丈夫なの、無理してない?」

「うん、無理そうだったら途中で休むから……」


 ちょっとだけ無理して笑みを浮かべてから席を立とうとしている俺の姿を美影は不安そうに黙って眺めていた。美影の表情を見ていると心苦しく思った。


(情けないな、美影まで心配させて……)


 不安そうな美影を少しだけでも安心させようと思って、片付けが終わって立ち上がり歩き出す前に美影の頭を軽く撫でた。一瞬、美影は驚いた顔をしてそのまま立ち止まっている。


「ほら、部活に行くぞ!」


 美影に急かすように声を掛けて俺は教室を出た。


「こらっ‼︎ 由規」

「な、なんだよ」


 教室を出たところでいきなり声を掛けられたが、直ぐに志保だと分かった。多分、美影と一緒に部活に行くつもりで待っていたのだろう。


「なかなか美影が来ないと思ったら……あんまり心配させたらダメだよ」

「見てたのかよ、まったく……」


 そう言ったけど志保も同じクラスなので見ていたのは仕方ないが思わず愚痴の様に出てしまう。


「もう、美影は凄く繊細なのよ、周りにも沢山気を使っているし、由規には強がったりすることもあるけど」


 志保は真面目な表情で強めの口調なので、何も言い返せずに黙ってしまった。


「もう行くよ、美影がこっちに来たから……」


 美影の姿が目に入ってきたのか、慌てた様子で志保が俺の体を向きを変えて進むように背中を押す。押されるがまま俺は一人で歩き始めた。後では志保が教室を出てきた美影に話掛けていた。


(志保に言われなくてもそんな事分かっているさ……)


 そう心の中で呟き、天を仰いで大きく息を吐きながら部室に向かって歩いていた。

 結局、この日の部活はミスの連続でチームメイトに謝ってばかりで、長山や皓太から「どうした? 何かあったのか」と心配されてしまい散々だった。でも一つだけ美影を心配させまいと最後まで練習は休まずやり遂げた。


 帰宅してから昨日と同じタイミングで美影からメッセージが来ていた。


「お疲れさま。今日はゆっくり休んでね、また明日」


 絵文字を使った可愛らしい文面で美影らしくて笑みが溢れて癒された。直ぐにお礼の返事を打ち言われた通りに今晩は何も考えずに早めに休む事にした。


 翌日の朝はお陰ですっきりと目覚める事が出来た。いつもより早く目が覚めたので起きて学校に行く事にした。三十分以上早く家を出てのでいつもの登校の風景と若干違っていた。登校している生徒もまばらで静かな雰囲気だった。教室に着いたがまだ誰も居なかった。


「おぉ、一番乗りだぁ」


 訳の分からない独り言が出てしまったが、誰も居ないので気にする事は無かった。

 鞄を席に置いて、閉まっていた教室の窓を開けるといい風が入ってきた。もう大分暑くなってきたので心地よかった。風を感じながら窓の外の景色を眺めていて天気も良かったので遠くまで眺める事が出来た。


(この景色は入学した時にも見ていたなぁ、あれから一年以上過ぎていろいろと変わったよな……)


 ふと入学した時の事を思い出していた。先輩を追いかけてバスケ部に入り、志保と再会して怪我を乗り越えて、美影は昔から仲良しだったみーちゃんて呼ばれていた子だったことが分かったり、いろいろなことがあったなと思い出していた。


(なんだ⁉︎ この感傷に浸ってる感じは……)


 なんだかおかしくなって一人で笑いそうになっていたところに大仏が教室の中に入ってきた。


「あら、朝から一人で笑っているおかしな奴が居ると思ったら……」


 呆れたような表情で大仏がからかうような声で話しかけてきた。


「お前なあ、気分が台無しじゃないか、せっかくの清々しさが」


 こんな時に一番面倒な奴と二人きりになるとは予想外だった。

 油断していた俺が悪いのだが、まさか大仏がこんなに早く来るとは予想していなかった。


「はぁぁ、ガラにもなく、気分が台無しですか……」


 大仏は相変わらずの憎まれ口でせせら笑いをしている。


「お前には……」


 嫌味の一つでも言ってやろうとしたが、朝イチから無駄に疲れそうなのでやめた。しかしその考えがいけなかった……


「アンタまたなんかウジウジと悩んでるでしょう……」


 不適な笑みを浮かべて大仏がジッと俺の顔を見ている。失敗したと思いながら目線を合わせないように顔を逸らそうとした。


「どうせまともに答えが出ないのだから、とりあえずアンタを心配している人を安心させて不安にならないようにしたら……」

「……」


 意外な大仏の言葉に驚いて返事が出来ずに黙ったまま顔を逸らしていた。ヘタな事を言ってしまいそうで大仏の顔をまともに見る事は出来なかったが、とりあえず小さく頷いていた。


「今、アンタを一番大事にしている人の為にね」


 そう大仏が言った後にまた違うクラスメイトが教室に入ってきた。


「あっ……分かった」


 静かな教室なので大仏と会話をするにはクラスメイトに丸聞こえなので、一言しか返事が出来なかった。いつもと違い優しく笑みを浮かべ大仏は俺の返事を確認する事なく自分の席に戻っていった。

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