勉強会 ②

 週末になり、練習試合の日になった。相手は今回の県大会に出場しないけど、何度も出場している強豪校だった。練習試合なので勝ち負けは別として内容のある試合になった。大きな問題はなかったけど、二試合目の途中であるアクシデントが起きてしまった。

 ディフェンスの時に、リングの下でリバウンドを取ろうと相手チームの選手と接触して着地の時に失敗して相手の足を踏んでバランスを崩してしまい左足を捻ってしまった。

 捻った瞬間はイケると思っていたが、次第に痛みが増してきて、酷くなる前に交代をしてもらった。ベンチに下がると美影が血相を変えて飛んで来てアイシングをしてくれた。


「宮瀬くん、どう?」

「ありがとう。ううん、でもそんな酷くないかな……」

「ダメよ、無理したらいけないから、氷もらって来るね」


 たいしたことはないみたいだったけど、美影は必死に走って職員室に氷を取りに行った。以前、軽い突き指をした時も大袈裟なぐらい手当てをしてくれた。今回はそれ以上の勢いで手当てをしてくれそうな気がした。

 結局、練習試合が終わって片付けるまで冷やし続けていた。帰る前には仮のテーピングまでしてくれて足首に負担がかからないようにしてくれた。その甲斐あって翌日は、酷く腫れてはいなかった。


 その日の夜に絢からメッセージが来ていた。練習試合の様子を尋ねている内容で、本来は絢との約束の予定の日だったので気になったのかもしれない。

 お互いにメッセージをやり取りしている中で、試合中に捻挫した事を書いてしまい、絢を心配させてしまった。一応その場で「大した事ないから大丈夫だよ」と返事はしておいたが、絢の心配が収まりそうになかった。

 最後に翌日の予定を聞かれたので、試験前の最後の練習があるけれど、流石に足も腫れているから練習を休む予定だと伝えた。


 翌日の日曜日、両親が朝から出掛けていたのでお昼前まで惰眠を貪り続けていた。スマホが鳴りメッセージが届くと美影からだった。


「練習終わったよ、足の具合はどう?」


 時計を見ると練習時間がちょうど終わった頃だ。まだ寝ていたとは送れないので、その辺りは上手いこと誤魔化して返事を送る。


「足の具合は問題ないよ、少し痛みはあるけど日常生活には支障がないかな」


 送信した後にすぐに返事が来る。


「よかった、安心したよ。明日は放課後に図書室で勉強するから忘れずにね」


 メッセージを見て明日からのことを思い出してすっかり忘れていたので慌ててしまう。正直には言えないのでとりあえずバレないように返事を送る。


「うん、覚えてるから大丈夫だよ」


 するとすぐに返事が来る。


「……本当かな? また明日ね」


 明らかに疑っている言葉が返ってきたが、多分帰っている途中なのかもしれないので、これ以上返信をしなかった。美影からの返信もひと段落して、リビングに降りるとテーブルの上にメモとお金が置いてあった。


(はぁ〜、昼飯がないのか……)


 仕方なくコンビニにでも行こうと思い身支度を始めた。服を着替え終わり、準備が整ったタイミングで玄関のチャイムが鳴る。


(誰だ? 日曜の昼間に……)


 変な勧誘だったら面倒だなぁと玄関まで行き、外の様子を伺うとそんな感じではなかった。


「どちら様ですか?」


 恐る恐る声をかけると、何処かで聞いた事があるような声がしてきた。


「笹野ですけど、由規くん居ますか?」


 声を聞いて慌てて玄関の扉を開けると、声の主は絢だった。一瞬、何が起きたか分からなかったが、間違いなく絢が目の前に立っているので驚きの声を上げる。


「ど、ど、どうしたの? な、な、なんで?」


 まともに話せていなくてかなり動揺している状況だ。対照的に絢は落ち着いている様子で、ニコッと可愛く笑っている。


「心配で、来ちゃた……」


 控えめな口調で絢が恥ずかしそうにしている。とりあえず落ち着こうとして、身支度をして外に出られる格好なのに気が付いた。


「そうだ……お昼まだだからちょっとそこのお店に行かない?」

「うん、いいよ、急でごめんね」

「ちょっと待ってて、すぐ準備するから」


 リビングに行き机の上にあったお金を取って財布に入れた。コンビニでお昼を済ませようとしたが、せっかく絢が来たから近所の喫茶店に行く事にした。再び玄関へ戻った時に絢は何となく落ち着かない様子だった。


「お待たせ、あれ、どうしたの?」

「えっ、あっ、だって初めてよしくんの家に来たから……なんか緊張してしまって……」

「そう? でもたいした家じゃないよ、もう古いし、狭いしそんな緊張しなくても……さぁ、行こうか」


 戸締りをしながらそう言うと絢は微笑みながら頷いていた。

 家の門を出て、一緒に横に並んで歩く。ガチガチに固めてテーピングをしているので少し歩き難いのでいつもよりかなりゆっくり目のペースになる。絢も俺に気遣い同じ様にゆっくりと歩いていたが、心配そうに俺の足元を何度も見ていた。


「足、大丈夫?」

「うん、ゆっくりと歩けば大丈夫だよ、ちょっと歩き方が変だけど」

「ううん、無理しないでね」

「ありがとう、でもお店はもうすぐだから」


 自宅を出て五分くらい住宅街を歩いて、そのお店が見えて来た。

 住宅街の中には若干違和感がある可愛らしい建物で、よくみかけるカフェにあるような看板が表に出ている。


「ここだよ」

「こんな所にこんなお店があるんだ〜」


 意外な顔をして絢が見ている。最近出来たお店で、昔から知っている近所のおじさんが始めたお店だ。

 入り口のドアを開けるとカランと音がして、店内の奥から声がする。


「いらっしゃいませ、おや⁉︎」

「おいちゃん来たよー」

「よしか〜、おいちゃんじゃないぞ、マスターって言いなさい」


 カウンターから笑顔でおいちゃんが出てきた。平日の昼間は近所の奥様方が集まったりしているが、今日は日曜日なので店内は空いてヒマそうな感じだった。


「好きな所に座りな〜」


 そう言ってまたカウンターの奥に戻って行き、何かの調理の続きを始めたようだ。

絢は俺の後を大人しく付いて来ている。俺は窓側のテーブル席を選んで、絢と向かい合わせで座った。


「よしくん、常連さんなの?」


 絢が首を傾げて遠慮気味に尋ねてきた。


「常連てほどじゃないよ……」


 おいちゃんと俺の父親が昔からの親友で俺の小さい頃から知っていて、最近お店を始めたので今日みたいに昼飯がない時に食べに来ている。俺はもう頼むものか決まっているから絢にメニューを渡す。


「私もうお昼食べて来たから……紅茶でいいわ」


 おいちゃんがお冷やを持って来て、絢の姿に気が付き驚いた顔をしてニヤッと笑う。


「彼女かよ〜、可愛い子だなあ」


 俺の顔を見てからかってきた。絢は顔を赤くして恥ずかしそうにはにかんでいる。俺はどう返答しようかと一瞬迷ったが、絢の顔を見て違うとは言えなかった。


「そんな感じ〜」

「ヘェ〜、そうか、で何するんだ?」


 とりあえず上手い事乗り切れたみたいで安心して注文をする。


「俺はいつもので、彼女は紅茶で」

「ハイよ」


 おいちゃんは、注文を聞いてまたカウンターの奥に戻って行った。絢はまだ顔を赤くして俯いている。俺も少し恥ずかしくなってしまい窓の外を眺めて暫く無言が続いた。

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