それぞれの想い ①【美影の視点】
予選の二日目が終わった日の帰り道に、志保が「話があるの」と私を誘ってきたので途中にあったファミレスに寄ることになった。席に座り注文をして、ドリンクバーのジュースを入れてから暫くの間沈黙が続いた。今日の志保は何かいつもと違う雰囲気に見えた。
「あのね、美影。私、由規のこと、譲ることにするよ」
突然、志保がなにか決心したような顔で話し始めたけど全く意味が分からないので私は直ぐに聞き返す。
「えっ、どういうこと? 宮瀬くんを譲るって……」
「どうもこうも、そう言うことだよ」
志保の発言の真意が分からないけど、冗談とかで言っている訳ではなく本気の顔をしている。私は事態が掴めないままもう一度志保に尋ねる。
「もしかしてマネージャーを辞めるってこと?」
「ううん、マネージャーは辞めないし、友達を辞めるわけでもないよ」
私の聞き方が間違っていたのか志保が不思議そうな顔で返事をして寂しそう笑みをする。私も何がなんだか分からなくて困惑した顔になった。
「じゃあ、どういう事なの?」
一つ大きく息を吐いて志保は私の顔をジッと見てゆっくりと話し出した。
「あのね、私が美影とあの子には敵わなそうだからもう……由規の事を諦めるっていうことなの……深くは聞かないでね」
志保が淡々と話す言葉を私は黙って聞くしかなかった。理由を知りたかったが、先に聞かないでと言われてしまったからこれ以上聞けない。説得しても志保のことだから聞く耳は持たない、だから私はそのまま黙って頷くしかなかった。
きっと昨晩はいろいろと悩んでいっぱい泣いたりしたのかもしれない、だから今の志保は割り切ったような表情しているに違いない。私はそんな志保を見てとても切ない気持ちになって落ち込みそうになる。
「そんな顔をしないで、美影が悪いわけじゃないのよ、美影だってこれまでいっぱい我慢してきたでしょう……だからもう我慢しなくていいのよ」
俯いていた私を見て志保は優しく語りかけてくれる。辛いのは志保なのに……涙が流れそうになった。
「ねぇ、美影、一つだけ教えて欲しい事があるの……」
「な、なに?」
顔を上げて目に溜まっていた涙を拭って志保を見ると私に気を遣って明るく振る舞おうとしている。
「由規の事、本当はもっと前から知っていたでしょう……そう中学より前に」
志保の言葉にドキッとしたが、嘘を付くわけにはいかないので小さく頷き、小学校からの出会いのことを説明して最後に恐る恐る志保の顔を見る。
「……やっぱりそうなのね、私がだんだんと熱を上げたから言うに言えなくなったのね……ごめんね、美影」
苦笑いをしている志保は、私が黙っていたことを責める訳でもなく、怒ることもなく素直な気持ちで謝ってくる。
「何で志保が謝るの? 私が黙っていたのに……」
志保が謝る必要は無いし、本当は責められても仕方がないはずなのにどうして……
「そんなことはない……美影はこれまで本当にたくさん我慢して私を支えてくれていたんだから……」
「ううん……」
私が首を横に振り否定しようとするけど、志保は聞こうとはしない。
「……これからは我慢しなくていいの、今度は私がいっぱい応援するよ」
志保は優しくそして力強い口調で、微笑みながら私を見つめている。
以前、中学の試合で久しぶりに宮瀬くんを見かけた時はまだ懐かしい気持ちだけで、志保が積極的に宮瀬くんへ話しかけるのを見ているだけだった。
それから高校に入学して再び会えたけど宮瀬くんは私を覚えていなくて残念で寂しかった。でも一年、二年と一緒のクラスになり、徐々にクラスの中で話す様になって、文化祭のクラス委員も一緒にやる事が出来た。部活も志保が誘ってくれてマネージャーとして一緒に過ごす時間が更に増えて嬉しかった。
間近で宮瀬くんのバスケをする姿が見れるし、一日の学校生活の殆どを近くで過ごす事が出来る。予想外の出来事が毎日起きているみたい……私は黙って頷くとこれまで隠れていた気持ちが一気に溢れそうになってくる。
(宮瀬くんがやっぱり好きなんだ)
小学校の時も宮瀬くんのことが好きだったけど、会えなくなり時間も経ってしまいもう昔の事とだと、忘れようとしていたけど本当はまだ……
「ありがとう、志保……」
そう言うと涙が溢れてきて、堪えるのに必死になった。志保がそんな私の顔を見て涙ぐんでいたが、安心したような表情をしている。
「これから大変よ、美影。鈍感な由規を攻めるのは……」
「ふふふ、そうね……」
二人で顔を見合わせて微笑んでいた。でも明日はどんな顔をして宮瀬くんと顔を合わせたらいいのかな、変に意識しないようしないしていつも通りにしよう……と考えていると、志保が「先ずは明日の朝は……」と言い始めて俄然やる気になっている。
私は苦笑いをして志保を見ていると、「どうしたの?」と全く気にした様子もない。志保が一人で突っ走らないように注意しておかないといけないと、また一つ別の悩みが増えたような気がして笑ってしまった。そんな私を見て志保は不思議そうな顔をしていた。
ファミレスを出た時はすっかり辺りは真っ暗になって驚いてしまった。こんなに長居するつもりは無かったのにと二人共そう思って顔を見合わせた。明日は当たり前に学校があるので家路を急いだ。
帰り道に私は長い間、胸の底に引っかかっていた話がやっと出来たのでとてもいい機会だったと思い、改めて志保はかけがえの無い友達だと素直に感じていた。
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