遭遇 ①

 部活は、いつも通り始まり特に変わったこともなくいつものメンバーがいて、新入部員も練習に参加している。

 美影は新しく入部したマネージャーの子に色々と教えてあげているようだ。志保も所々で何か教えてあげたりしているが、指導するとなれば美影の方が適任である。

 三対三の練習中に強いパスを取り損ねて俺は指を痛めてしまい、アイシングをしようと手の空いてそうな志保を探す。しかしタイミングが悪く他の事に手を取られていた。


「美影、悪いけどコールドスプレー取ってくれないか」


 新しいマネージャーの子に何か話をしていた美影だったが、俺の声に気が付き振り向く。


「どうしたの、誰か怪我したの?」

「いや、俺がね、パスを取り損ねて指を……」


 わざと大袈裟な感じで痛そうに指を美影に見せようとしたら、美影は慌てて救急箱を持って来て心配そうな表情をしている。


「どの指、大丈夫なの?」

「ご、ゴメン。ちょっと大袈裟だったかな、たいしたことないよ」


 美影の慌てた様子に罪悪感を感じてしまい謝ってしまうが、美影はお構い無しにテキパキと治療をはじめる。テーピングまで用意して痛めた指を巻き始めて、その様子を見ていた新しいマネージャーの子は手際の良さに目を見張っていた。


「そこまでしなくても……」

「ダメよ宮瀬くん、試合も近いのだか油断したら……」


 テーピングも終わり美影に優しく叱られてしまい「分かった」と頷いて俺は練習に戻った。

 美影の治療のお陰でこの後は問題なく練習が出来た。部活の帰り際に美影に会った時に一言お礼を言うと意外な反応だった。


「遠慮せずにちょっとした怪我でも言ってよ、もう宮瀬くんには怪我で大変な思いをして欲しくないから……」


 美影が一瞬だけ哀しげな表情をしたけどすぐに元の優しい表情に戻ったので安心した。それから数日間は、美影にテーピングをしてもらってから練習に臨んだ。


 地区予選が明日から始まる日の昼休みに志保が俺の所にこっそりといった感じでやって来た。


「何か見られたらまずい事でもあるのか?」

「そんな事は無いけど、一応ね」

「で、何の用だよ、わざわざ昼休みに、部活の時じゃあダメなのかよ」


 ここ最近、朝練で早起きしているので昼休みに寝ようと思っていた俺は機嫌悪そうに相手をする。


「由規は、美影に何か言ったりした?」

「またかよ、別に何も言ってないよ」

「そうなの……」


 志保が困惑したような顔をしているので、何があったのか気になり寝るのを止めて聞いてみる事にした。


「何があったんだよ、今回は……」

「うん、この前は落ち込んでいたみたいだったけど、近頃はもの凄く機嫌がいいの、美影には珍しいぐらいに……」

「そうなんだ、あんまり分からなかったよ」

「もう由規しっかりしてよ。美影とは一年以上同じクラスで一緒の部活なんだから表情とかそういったの分からないの全くこれだから……」

「そ、そうかな……ごめん」


 志保は大きなため息を吐いている。俺は申し訳なさそうに俯き加減に答えたが、基本的に美影は俺に対して明るい表情しか見せていない気がする。


「由規はもう少し女心を勉強しないとダメなの、だから私も……」


 志保の目つきが若干険しくなり、厳しい口調で言ってもう一度大きくため息を吐きいつもの表情に戻ったが、俺は最後に志保が言った言葉が気になった。


「何だよ、『私も』って」

「なんでもない、もういいよ。邪魔して悪かったわね」


 少し怒ったような表情をして志保は教室を出て行ったが、問いかけには答えてくれなかった。俺は意味がよく分からず頭を掻きながら時計を見てまだ時間があったのでひと眠りすることにした。

 放課後、部活に行く前に昼休みの話の事を思い出して美影に話しかけようとしたが、既に志保が一緒にいたので出来なかった。結局、部活中も美影と話す機会がなくて分からず仕舞いだった。


 明日が試合なので、練習が早く終わり帰宅もいつもより早かった。夕食と入浴を済ませて、自分の部屋でくつろいでいたらスマホの着信音が鳴った。スマホを見ると絢からのショートメールだ。

 内容を見ると明日の試合の事で、「応援に行くよ」とあった。試合の事は何日か前に教えていたが、その前から知っていたみたいだ。

 あれから数日おきに絢からメールが来ては俺が返事を送るというやり取りをしている。基本的には俺が部活の帰りが遅くてあまり時間がないのであまり長時間のやり取りは出来ない。絢も分かってくれているのか、返信が遅くなっても怒ったりはしない。俺としては時間的な制約が無いので気持ち的には楽だ。

 今日は直ぐに気が付いたので、返事を送ったが数回やり取りして絢から「明日の朝は試合だから早く休んでね」と返されてやり取りが終わった。

 かなり気を使ってくれているようで会った時に一言ありがとうと言うつもりでいる。

 翌日、試合会場は遠くないのでいつもと同じ起床時間で良かった。試合も二試合目のなので時間に余裕があるので、絢に「気を付けて来いよ」と送ると暫くして「うん、よしくんもね」と返事が来た。

 出発前にテンションも上がり気持ちよく試合会場に向かった。


 チームメイトと合流して真っ先に志保から「何かいい事でもあったの?」と言われて不思議そうにな顔をされた。志保の顔を見た時に昨日の事を思い出したが、さすがに試合前なので試合に集中しようと後回しにした。

 初戦の対戦相手は強くはないけど決して弱いチームではなかった。もちろん俺はスタメンだが、最初の試合なのでやはり緊張してしまう。

 試合開始前のアップ中にシュートを打っていると長山が俺の横にボールを突きながら何か聞きたそうな顔で来た。


「またあの子来てるな、あの可愛い子、宮瀬の知っている子か?」

「えっ、誰の事だ?」

「あー、あの上の端にいる子だよ」


 俺は長山が言う方向を見ると絢の姿だったが、絢は俺は達の視線には気が付いていなかった。


「あっ、えっと……」

「何だよ、宮瀬の知り合いかよ、もしかして……」


 長山の表情は興味津々といった感じで、言いたいことは何となく分かるが俺はなんて答えたらいいのか迷ってしまう。


「おっ、もう試合が始まるぞ、ベンチに戻ろう」

「宮瀬、誤魔化すつもりだなぁ、まあ試合の後で聞こうじゃないか」


 含み笑いをする長山と一緒にベンチに戻り、監督の指示を聞いてチームメイトと気合いを入れてから試合開始となった。お陰で最初の緊張感はなくなり、リラックスした感じで試合に臨めた。

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