高校二年生 春
新学期 ①
春休みに入り地区大会の県予選の続きがあったが、無事に三回戦も勝利して県大会出場を決めた。その後の四回戦も勝ち県大会はシードでの出場になった。もちろんその二試合共に俺は出場をしてチームの中心として活躍をした。
試合会場で、もしかしたら絢の姿があるかもと探したが結局見つけることは出来なかった。やはりこの前の別れ際に「来ない」と言っていたので本当に来ていないのだろう……
春休み中は試合が続いていたが、今日は久しぶりの部活の休みだったので、外に出ずに部屋でのんびりと過ごしていた。
「ピーンポーン」と玄関のインターホンの音がする。
母親が居たので玄関に行ったようだ。俺の部屋は二階なので誰が来たのか様子は分からない。暫くすると階下から母親が俺を呼ぶ声がする。
「由規、まどかちゃんが来てるわよ、降りて来なさい」
俺は部屋のドアを開けて返事をする。
「はぁ? まどかちゃん? 誰? 知らないよ」
「何言ってるの? まどかちゃんよ、とにかく降りて来なさい、玄関の所で待っているから」
母親の声は少し苛立っている感じなので、仕方ないと玄関へ急いで向かった。階段を降りていくと玄関が見えてきてそこには見たことのあるクラスメイトが立っている。
「何だ、お前かよ……」
「あ、由規くん、やっと来たわね」
項垂れながら階段を降りると、嫌みたらしく大仏が俺の名前を呼んでいる。
「大体、まどかちゃんて感じじゃないだろう……全く誰だか分からなかったぞ」
「はぁ〜、だっておばさまが昔の呼び方のままで呼ぶからさ……アタシだって恥ずかしいんだから」
珍しく大仏が照れているが、大仏の家とは近所で親同士も仲が良く小学校に上がる前からよく行き来していた。小学校の高学年になった頃からは俺と大仏は遊ばなくはなったが、親同士の交流は続いているので今でもこんな呼び方になっているのだ。
だから反対も然りで大仏の母親からは「よしのりくん」と恥ずかしながら呼ばれている。
「で、何の用事だ? ワザワザ家まで来て……」
「だって、アンタの携帯番号知らないし、丁度時間があったから直接聞いた方が早いからね」
「分かった、ここじゃなんだから、ちょっと待ってろ着替えて携帯持ってくるから」
「ええ〜、部屋に入れてくれないの〜」
「イヤだね、お前を部屋に入れたら恐ろしい事になるわ」
「何それ〜、つまんない〜」
大仏は芝居がかった笑みを浮かべているが、相変わらずどこまで本気か冗談か分からん奴だ。とりあえず近くの公園で話をする事にした。途中の自販機で飲み物を買い、一つを大仏に渡す。
「あら、アンタにしては気がきくじゃないの、ありがとうね」
大仏は機嫌良さそうに受け取って公園のベンチに座る。少し肌寒い感じがするが、天気が良く空は快晴だ。公園の桜は満開の一歩手前だがベンチに座ると花見をしているようだ。
「それで用事はなんだよ」
俺はベンチには座らずに大仏の前に立っていた。
「前に立たれるとせっかくの桜が見えないから座れば……」
相変わらず一言多いが、そう言われて仕方なく大仏の横に座ると大仏が話し始めた。
「昨日、由佳から電話があって、笹野さんの様子がおかしいみたいなの」
一瞬ドキッとしてしまい顔に出ないようにしようとしたが、直ぐに大仏に勘付かれてしまう。
「やっぱり何かあったみたいね……由佳がメールしても返事が返ってこないし、電話してもなかなか出ないから心配してるのよ」
「でも俺が何か言った訳じゃないんだよな……」
「そうなの……でね、由佳がアンタの携帯の番号を知らないかって聞いてきたのよ」
「なるほど、それでわざわざ俺の家まで来たのか」
俺はスマホをポケットから出し大仏の番号を聞き電話をかけると大仏が番号を確認する。
「分かったわ、一応由佳の番号を教えておくね。後で連絡して直接アンタにかけるように話ししておくから、由佳の番号を分かってたほうがいいでしょう」
大仏から白川の番号を聞いてスマホに登録をする。
「アンタどうするの? 前にも言ったけど……」
「あぁ、分かってるよ……分かってるけど、どうしたらいいのか……」
大仏の質問に俺は桜の花を見上げて言葉に詰まる。
「ホント変わらんねアンタは……このままだと皆んなが傷つくよ。どこかで決めないと……優しいだけじゃダメなんだよ」
呆れた顔をした大仏はよく観察している。大仏の言葉が俺の心の中をグサグサ刺してきて、何も返す言葉が出てこない。
「……情けないな……」
自虐的な言葉しか出ないが、まずは絢の事を何とかしないといけない、それは大仏も同じだった。
「とりあえず由佳から話を聞いて、笹野さんを何とかしないとね。しっかりしろよ、由規くん」
珍しく励ますようなことを言う大仏だった。ここは素直に頷き、白川からの連絡を待つ事にした。
その日の夜、スマホが鳴り着信を見ると白川からだった。
「こんばんは、宮瀬くん。もしかして寝てた? ゴメンね」
「イヤ、まだ寝てないよ、大丈夫だ。やっぱり絢の事か?」
「そうよ、円から聞いたのね……」
「あぁ、詳しくは聞いていないけど、おおまかにね」
すぐに白川から連絡が来るということは絢がかなり重症なのかと心配になった。白川の話によると、絢と連絡が取れて話を聞く事は出来て、やっとメールのやり取りは出来るようになったようだ。
「でもね宮瀬くん。絢は後悔してるみたいなの……この前、宮瀬くんの学校で絢に会ったでしょう」
「そうだ、俺が絢を見かけて捕まえて話をしたんだ」
「その時、絢は嬉しかったみたいなの、見つけてくれた事がね……でも見に行かないって言ってしまって」
「あぁ、確かにそう言われて……俺が前とは違う、変わったってね」
凄くショックだった、でも俺に原因があるのだろう、試合中のベンチでの志保や美影との様子を見ているに違いない、あの状況だと絢が言う通りもう一年前とは変わってしまったと思われても仕方がない。
「そうなのよ。そこなのよ」
白川が強調するように話してきた。
「絢にね、言ったの。そんな事は当たり前だよって。一年も違う学校に通っていれば絢だって宮瀬くんが知らない友達ができてるでしょう」
「まぁ、そうだよな……」
「でも絢の知っている宮瀬くんは本当に変わってしまったのか。ちゃんと二人で話をしてないでしょうってね」
白川にそう言われて、俺は自問自答する。
(あまり胸を張ってそうだと答えられないかもしれない)
確かにこの一年別々の学校に通い、色々な事があり新しい友達や部活の仲間が出来た。絢もきっと同じようにこれまでと違った友達とか出来ているだろう。でも変わっていないこともあるはずだ。
「だからね、絢に後悔しているんだったらもう一度宮瀬くんと話をしてみたらって言ったんだけど……それで宮瀬くんはどうなの、やっぱり絢が言うように変わってしまったの? もしかしてもう彼女がいるとか……」
「いいや、彼女はいないよ……でも俺自身変わったかどうか分からないけど……」
「そうね……以前は絢が一番で優位だったけど、この一年で横一線になったてことね、分かったわ、絢には宮瀬くんが好きなら多少不利でも自分の力で勝ち取りなさいって伝えるわ」
白川らしからぬ強い口調で思わず吹き出しそうになってしまうが、絢に伝える時はもう少し違う言い方をするだろう。でも白川も話しながら面白そうになってきたという感じが受け取れる。
「それでいいのか……」
直ぐに白川は真面目な口調になり諭すように話してくる。
「でもね、宮瀬くん。皆んなに優しいだけじゃダメなのよ、それは本当の優しさではないのよ、ちゃんと決めるとこは決めて、決断するのよ」
「それは大仏にも言われたよ、決めないといけないってね」
「円にも伝えておくわ、宮瀬くんをよく観察して報告をしてってね」
一瞬、ビクッとなって俺の姿が予想出来たのか、白川はクスッと笑っているようだった。
「頼むからあまり大仏には大袈裟に言うなよ」
一応は釘を刺したが、多分新学期そうそうに大仏がいつものように話してきそうだ。
「ありがとう、白川。いろいろと世話をかけさせてホント申し訳ない」
「いいのよ、中学の頃からずっと絢と宮瀬くんを見てきて、こんな中途半端に終わったら悲しいじゃない。これでもう一度スタートすれば結果はどうあれスッキリするからね」
明るい声のトーンだったので、俺も良かったと安心して白川との会話を終わらせる事が出来た。この最近は部活で試合が続いていたが気が付けばもうすぐ新学期が始まる。気持ちも新たに頑張ろうと気合いを入れた。
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