部活再開

 学祭が終わり、教室の中はいつも変わらない風景になった。美影も学祭の片付けの時に俺に何か聞きたげな感じだったが、あれから改めて聞いてくることはなかった。


「おはよう、宮瀬くん」

「おぅ、おはよう」


 いつものように美影が俺の所にやって来る。そして昨日の部活の様子を話してくれる。部活に戻った時にスムーズに他の部員達と馴染めるようにと気をつかっているみたいだ。

 そんな気配りが俺的には凄く嬉しくて有難い……それだけではなくて普段の学校生活の中でも色々と気遣いしてくれている。

 近頃は美影が居ると居心地がいいと感じるようになって、付き合いの長い友達の様な感覚になっている。友達というか中学生の時の絢との関係の様に錯覚にしてしまう。

 ただ俺の意思が弱くなっているのか……分からない。気持ちの整理がつかない状態だが、復帰に向けた準備は着実に進んでいる。

 この頃は、志保が練習メニューを考えて来てくれている。志保なりに色々と調べているようだ。最初はどうなることか不安だったが、今では頼りにしている。


「じゃあ、少し休憩にしましょうか。はい、これ」


 志保が水分補給に水筒を持って来てくれて、俺は座り込み息を切らしなが受け取る。


「あ、ありがとう。今日のメニューも結構ハードだな……」

「えっ、ごめん、少しキツすぎたかな……もう以前と変わらないぐらい体力が戻ってきたみたいだから少し強度を上げたメニューにしてるからね」


 志保は心配そうに俺の顔を見ているので、俺は疲れた表情を隠そうとまだ元気があるように返事をする。


「まだ大丈夫だぞ、志保の言う通り体力はかなり戻ってきたし、筋力も大分ついてきたな……」


 体力はもとより怪我の再発防止に筋力アップは必須だった。


「そうね、怪我の前より逞しくなった気がするわ」


 そう言って志保は少し嬉しそうな表情をするので俺が茶化す。


「変な想像するなよ……」

「……由規のバカ」


 志保は顔を赤くしてソッポを向き、俺は笑っていた。でも言う通りかなり筋力はついてきて、以前より強くなった感じはする。


「ホントありがとうな、練習付き合ってくれて」


 俺がポソッと言うと志保はこっちに向き直して恥ずかしそうに笑っている。でも実際、この筋トレを一人で続けるのは難しかったかもしれない、志保が居てくれたからここまで出来たと言っても過言ではない。俺は立ち上がり軽く屈伸運動をする。


「志保、次のメニューは何だ?」

「えっとね、次は……」


 志保は自作した練習メニューが書いたノートを開き確認する。これまで一ヶ月弱の練習メニューとその進歩状況が記してあるようで、俺には見せてくれないのだ。

 志保曰く落書きみたいだから見せたくないみたいだ。


 十二月になり最初の週末、バスケ部は他校で練習試合をするのだが、俺は参加せずに静かな体育館に来ていた。

 元々はバスケ部が使用する予定だったので、他の部は使用していない。勝手には使用出来ないので、一応は許可を取っている。週明けからバスケ部の練習に合流する予定で、病院からは本格的な復帰の許可はもらっている。

 静かな体育館でスリポインラインより少し内側からジャンプシュートを放つがリングの手前に当り外れてボールが落ちる。落ちたボールを志保が拾って俺にパスをして、もう一度同じ場所からシュートを放つ。今度はリングの根元に当り外れてボールが大きく逸れて落ちる。逸れたボールを志保が取りに行く。


「ごめんね、志保。屋外でするのと微妙に違うなぁ……」


 ゴールから大きく逸れてしまったボールを取り行って、志保が俺に山なりのパスを投げてくれる。


「でもシュートフォームは問題無いと思うわ、以前と比べて変わってないよ。そうね……あと何本か打てば決まるようになるよ」


 志保も経験者なので俺のシュートを見てアドバイスをしてくれる。それを聞いて連続して何本かシュートを打つと決まり始めて更に打ち続けると確率が上がってきた。


「大分感覚が掴めてきたかなぁ……」


 納得した感じでシュートが決まり始めたので手を休めようと思ったら、志保も俺の方にボールを持ったまま近づいて来た。


「少し休憩しましょう」


 そう言って俺にボールを渡して、志保は飲み物を取りに行く。二人分を持ってまた俺の近くに来て座る。


「ありがとうな、練習に付き合ってもらって、練習試合があるのに……」

「大丈夫よ、美影がしっかりとやってくれてるわ。大体復帰するまでは由規の専属よ」


 俺が心配して尋ねてが、問題無い感じで志保は笑って答えてくれるので安心した。そんな俺の顔を見て志保が話し始めた。


「やっとここまできたね、一緒に練習してきて由規が復帰出来るようになって凄く嬉しいよ……でも私以上に美影はもっと嬉しいかもしれない……多分ね」

「えっ、何で……」


 志保が急に美影の事を言いだすので不思議な感じだ。志保の表情は特に変わっていないが、少し遠くを見ているような気がする。


「本当はね、美影が言ったのよ。由規と一緒に練習する事を……それでキャプテンに話をしたのもね。私は交代でしようと言ったんだけど、美影ばかりに負担かけたくないからね」

「そうだよな、二人でする仕事をずっと一人でしないといけないからな……」


 少し意外だった、俺は志保が一人で決めたと思っていたので驚いた。


「でも美影は大丈夫だからって私に譲ったのよ……本当は美影も……」


 志保がそう言いかけて俺の顔を見ると少し迷ったような表情をした。俺がどうしたのかという表情をすると志保は話を続けた。


「初めに由規を見つけたのは美影なの。まだ中一の冬時かな、練習試合で……」


 確かにF中でも何度か練習試合をしていた。中一の時はまだレギュラーではなかったが、練習試合にはよく出場していた。


「でも私は当時そこまで由規の事を興味なかったし、本気で見ていなかったわ……当時ね、昔の話よ」


 何故か念を押すかのように言うので、俺は吹きそうになり志保が少しムッとしている。


「でも美影はそれからも試合で同じ会場になるとずっと由規を見ていたの、それで私も美影に付き合っていたら段々と興味が湧いてきて……話しかけたよね」

「あぁ、あの時ね」


 そう初めて俺の所に来て話しかけた時の事を思い出した。あの後色々と大変だった……


「まだあの頃、美影は引っ込み思案な子だったから私だけ話しかけたけどね。その頃から比べたら美影は変わったわ、入学してから」

「それじゃあ、一緒にいたのは美影だったのか……随分変わったなぁ、あの時はあまり印象になかったから、確かに今みたいに可愛いかったら絶対に忘れたりしないもんなぁ……」


 志保が俺の顔をジッと見て頬を膨らませて頭をペシッと叩く。


「……」

「何故、無言で俺の頭を叩く」


 俺がツッコミを入れるが軽く無視して志保は難しい表情をして続きを話す。


「絶対に試合会場が一緒だと必ず探していたわ、でも行動に起こすことはなかったのに……だから美影の変化にはとても驚いているの、もしかして由規が近くに居たからかなぁ……」

「それは考え過ぎだろう、単純に高校に入学したから変わってみたとか……」

「あっ、でもこの事は美影には黙っておいてね、お願いだから」


 俺はとりあえず頷いたが、週明けからどんな風に美影と接したらいいのか悩んでしまった。


 週明けの月曜の朝、悩んだままでどうしようかと焦っていると美影はいつも通り俺の所にやって来た。


「おはよう、宮瀬くん」

「お、おはよう……」

「どうしたの朝から何かあったの?」


 やはり俺の挨拶がぎこちないなかったので美影が不思議そうな顔で見る。


「ううん、何もないよ」


 出来るだけ何も考えないように平静を装うが、美影にはバレそうな気がする。


「それならいいけど……今日からよね、戻ってくるのは」

「あぁ、そうだよ。今日から戻るからよろしく頼むな……」


 思い出した今日から部活に参加するんだった……すっかり忘れていた。あまりにも志保の話が頭に残っていて、部活どころでなかった。


「宮瀬くんが戻ってくるのを楽しみにしていたから部活が待ち遠しいよ」


 美影は笑顔が溢れそうな顔をしている。それだけ嬉しいのだろう、志保の話はやはり嘘ではないと確信した。

 放課後になり、いよいよ部活の時間だ。練習が始まる前に部員のみんなに挨拶をするように橘田先輩から言われた。少し恥ずかしかったが、これまで休んだことのお詫びとこれからよろしくという内容で挨拶をした。志保と美影が心配そうな顔で見ていたが、部員みんなが歓迎ムードだったので安心した。

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