命連結管理局による危険な職権乱用

ちびまるフォイ

二作目がクライマックス

「ここだなぁ! 命連結管理局ってのはぁ!!」


酒に酔った大男が怒号とタンを吐き散らかしながらやってきた。


「お客様、いったいどうされたんですか」


「どうもこうもねぇよ! なんでオレが見ず知らずの人間と命が連結されてんだ!」


「そういう規則ですから……」


「そーーゆーーことを聞いてるんじゃねぇんだよ、こっちは!

 なんで他人が死んだらオレまで死ななくちゃならねぇんだ!

 オレの命はオレのもの! 他人なんて関係ねぇだろ!」


「助け合いの精神ですよ。自分の命がどこかの他人とつながっていると、誰も自分の命をむげにできないし人の命を奪おうとも思わないでしょう!?」


「んなことたぁどうでもいいんだよ!」


「ええ!?」


「オレの命とつながってる奴を教えろ!

 そいつに死なれたらたまんねぇ!」


「それは教えられませんっ! ひとたび教えてしまえば、あなたが何をするかわからない!」


「なんだとこのやろーー!」


酔っ払いは他の職員と駆けつけたガードマンに羽交い締めにされて連れ出された。

さり際にも「教えろーー」とか叫んでいた。


「おつかれ」


同僚がコーヒーを差し出した。


「ああ……うん……疲れたよ……」


「市民は愚かだよね。心配しなくても連結先の他人は自分と同じ寿命。

 事故でも起きない限り、連結された自分が死ぬこともないのに」


「それは俺たち命連結管理局の事務員だからわかるって話だろ」


「まあそうだな」


「なんでこんなところで働いてるんだろ……。毎日市民からは怒鳴られるし、連結先を教えろって脅されるし……」


「公務員だからだろ」

「……ときに正論は人を傷つけるんだよバカ」


命連結管理局の仕事は地味なわりにひどく大変だ。

新生児が生まれたとき、連結先の同じ寿命を持つ他人を探して連結する。


最近は出生率も落ちているので仕事の大半は、管理局に押し入ってくる人をなだめることばかり。


「はぁ……」


ため息をついていた顔もまた次の人が入ってくるときにはしゃんと切り替える。


「ここが命連結管理局か?」


立派なあごひげと質の良い着物に身を包んだ老人がやってきた。

さっきの酔っぱらいとはまるで住む世界が違う上位層の風格を感じる。


「ここで、命の連結先を決めている場所かと聞いている」


「あ、は、はい! そうです!」


「実は私は自分の寿命がそう長くないことを感じ始めている。

 しかしどうしても書き上げたい小説がある。ここで死ぬわけにはいかない」


「は、はぁ……」


「そこでだ。私の寿命の連結先を別の人間に切り替えてくれ。

 そうすれば、私自身の寿命も上書きされるはずだ」


「それはそうですが……そんなことできませんよ! 規則でーー」


なおも喋ろうとする俺の口を、テーブルに置かれた札束が遮った。


「いくらでもだそう。もはや金などいらん。

 私はただ自分の最高傑作を書き終えてから死にたいだけだ」


「これいくらあるんだ……!?」


ごくりと生唾を飲み込んだ。


ここで断って自分の安い正義感を満たして、その後どうする。

きっと家に帰ったときに「もらっておけばよかった」と後悔するに決まってる。


これを受け取らなかったら自分は一生同じ生活をして老いさらばえるだけ。

この提案を断った自分を誇りながらも誰からも称賛されずに……。


「やりましょう……俺が別の命連結先につなげておきます」


「そうか。よろしく頼んだぞ」


老人の後ろに控えていた黒服の人間が胸ポケットに手を突っ込みながら小声で補足した。


「いいか? もし金だけ受けとって、先生が寿命で死ぬようなことがあればお前の寿命もそれまでだ」


コツ、と服越しに銃口を突きつけられた。

もう後には引けない。


老人たちが帰るとすぐに新しい新生児のリストを開いた。


「なにか……なにかまだ命連結されていない新生児は……いた!!」


老人の命連結先を新生児へと連結し直した。

これで老人の寿命と新生児の寿命はイコールとなり、新生児の残寿命ぶん老人は生きるだろう。


もっと罪悪感とか頭の中で天使と悪魔が裁判開くかと思ったが、

証拠を片付け終わるまでそんな葛藤にさいなまれることはなかった。


人間が本気を出すと悩む工程すらスキップできてしまうらしい。


「さて、と。このお金でどこへ遊びに行こうかな」


もはや一生遊んで暮らせるだけの財産を手にしたが、

今すぐ辞めてしまえば"なにかしでかした"と勘ぐられる可能性もある。


落ち着くまでは羽振りのいい生活もせずにおとなしくするのが良いだろう。


「……そうだ、一応新生児の様子でも見ていくかな」


新生児だから寿命に事欠かないが家庭環境が問題だったり、

コインロッカーに入れられて死なれるわけにはいかない。


命連結管理局のコネで住所を調べ上げると、新生児の病院へと向かった。


「あ、ここだな。えーっと、この子は……」


病院の新生児の部屋にはいなかった。

なぜか別の部屋に俺が命連結させた赤ちゃんは眠っていた。


「お父さんですか?」


「あ、え? そ、そうですね、あははは……」


「今は落ち着いてますけど、さっきまで大変だったんですよ。

 未熟児だからみんなで必死にサポートしてました」


「未熟児!?」


「今も油断できません。生きているのが奇跡です。

 きっとお母さんやお父さんの思いが支えてるんでしょうね」


自分の体から血の気が引いていくのがわかった。

新生児とはいえ未熟児。それに老人の命を連結させてしまった。


もし赤ちゃんが死んでしまったら、老人まで死んでしまう。


老人の取り巻きは話が違うと怒り狂って俺に報復する。

そうなれば俺だって無事ではない。


「あ! 大変!!」


赤ちゃんを囲っていた機械から警報が鳴り響く。

医者や看護師が駆けつけて必死に処置がはじまる。

もはやいつ死んでしまうかもわからない。


「ああああ、どうしよう!」


命の連結を切ってしまえば、今度は両者ともども死んでしまう。

とっさに思いついたのは自分自身につなげることだった。


命の連結をいったん断つと、老人の連結先を俺自身に接続した。


「これならしばらくは大丈夫だろう……」


自分の寿命が尽きない限りは老人が死ぬことはない。

連結先が自分自身であればトラブルにも対応しやすい。


それに、老人たちの取り巻きが襲ってきても「俺の命は老人とつながってる」と脅せる。

どう間違っても俺が殺されることはないだろう。


病院から出ると携帯電話が鳴った。


「……もしもし?」


『連結局の男か! 大変だ! 先生が事故に!!』


「えええ!?」


『今にも死にそうなんだ! だから教えろ!

 連結先の人間がしなないかぎり、先生は死なないんだよな!?』


「そんなわけないでしょ!? 不死身じゃないんだ!」


なんてことだ。

いくら残寿命を共有しても不慮の事故は防ぎようがない。


老人が死んだら、命連結している自分まで死んでしまう。

まだ受け取った金もちゃんと使えていないのに。


命連結を切ってしまえば、今度はお互い確実に死亡ルート。


「ちくしょう! もうどこに命連結させればいいんだ!!」


命連結管理局の中であれば新生児の情報もわかるのに、

今は出先で老人はいまにも死にそうと来ている。

わずかな猶予もない。死にたくない。


「そうだ! いっそ架空の人間に命を連結させれば!!」


命連結登録書を取り出し、老人と自分の命の連結先を架空の人名に紐付けた。


「どうかうまくいってくれ……どうか……!」


『ああ、先生が……先生が……』


「そんな……!」



『生き返ったぞ!! 無事だ! 先生は無事だ!!』


電話越しに取り巻きたちの歓声が聞こえてくる。

命を連結し直してから時間が経っても老人や自分は生きている。

架空の人名への命連結は成功したんだ。


「良かった……本当によかった……」


足から力が抜けてその場にへたり込んだ。




それからしばらくして、老人は尽きない寿命を生かして小説を書き上げた。

老人が豪語しただけあって小説は大ベストセラーとなり、国家財産として奉納までされた。


落ち着いた頃に老人は俺のもとへと訪ねてきた。


「命管理局を辞めてから、君の足取りを追うのは大変だったよ」


「まあ、かなり危ないことをしてたんで足がつかないようにしてました」


「君には本当に感謝している。君が別の人に命連結してくれたおかげで、

 こうして私は最高傑作を書き上げることができた」


「いえいえ。先生の著書読みましたよ。めっちゃ楽しかったです」


「それは良かった。そこで、君にはぜひお礼がしたいと思ってここへ来たんだ」


「お礼だなんて。すでにお金は渡してくれたじゃないですか」


「そうだな。もはや追加でお金を渡しても君は嬉しくないだろう。そこで私は君に喜んでもらうプレゼントを考えた」


老人は1冊の冊子を差し出した。


「これは……?」


「実は続編を書き始めている。その最初のプロローグだ。

 誰よりも先に君に読んでほしいと思っている」


「いいんですか!?」


どんなにお金を積まれるよりも嬉しいプレゼントだった。

続編は冒頭からクライマックス。ライバルと戦うところからはじまった。


ひと目も忘れてぐいぐい読んでいったが、一番良いところで筆は止まっていた。


「先生、もう最高ですよ!! 先が気になって仕方ない!

 それでこの先どうなるんですか!?」


「ふむ。特別に君だけには話そう。実はな……」


老人が声をひそめて告げた。


「このあと、弟であるラズワールが死んでしまうんじゃ」


その名はかつて自分が作った架空の人名そのものだった。

俺は迷わず叫んだ。



「先生!! その展開だけは絶対にダメです!! お互い死んでしまいます!」

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