第7話 リベンジ・オブ・ザ・シャークヒューマン
「ねぇ、君たちはいつもこんな危ないことをしているの?」
芳子は難しい顔をして考え込んでいる凪義に尋ねた。武器を持った少年が奇妙な生物と戦うなどというのを目にしたのはこれが初めてなのだから、疑問に思うのも仕方ない。
凪義は答えなかった。鮫滅隊が公的に認められた組織でないことは彼自身存じていたし、そのことを思えば報道屋に情報を渡せるはずもない。凪義にとって芳子は招かれざる客であり、厄介な相手に現場を見られてしまったという以外の感想はなかった。勿論、蟹江真帆の裏切りを告げてくれたことに関してはありがたいことであったが、それとこれとは別である。
その上、凪義は報道屋というものが大嫌いであった。家族をいっぺんに失った二年前、記者にしつこく付きまとわれて辟易したことがあったからだ。どんな使命があるにせよ、家族を失った少年を追い回すような者たちを彼が嫌悪しないはずもない。そのようなことがあって以来、凪義には新聞記者などの報道屋への嫌悪感を根強く持っている。
「大体、こんな時間に物騒なもの持って出歩いてるの、感心しないわよ。親御さんもきっと心配しているわ」
その言葉を聞いた時、流石に凪義は血の煮えるのを感じ、突発的に芳子の胸倉を掴んだ。両親がいて、弟と妹がいたならば、今頃サメと戦いなぞせず、普通の少年として生活していたはずなのだ。事情も知らない大人に好き勝手言われるのは、腹に据えかねることであった。
「ちょ……ちょっと何!? 何なの!?」
「……僕らに親はいない。死んだ」
そうとだけ言って、凪義は手を離した。芳子は尚も不満げな顔をしていたが、二人は意に介さなかった。
「……さて、僕は先頭車両へ向かう。ゼーニッツは後ろの車両を切り離してくれ」
「あー……分かりマシタ」
敵は乗客を眠らせては回収しているらしい。恐らく餌を集めているのであろう。そして、サメに生えていたタコの触手はゼーニッツが切り離してしまったらしい。恐らく敵は弱っており、今の内に速攻を仕掛けるべきだ。凪義はそう判断し、ゼーニッツにカバンから取り出したある物を手渡すと、単身先頭車両へ向かった。
***
サメの口から取り出した乗客を脱がせ、爪を剥いで体毛を剃る。真帆の仕事で一番骨が折れるのが加工であった。
彼女の請け負った任務は、サメたちの残党への食糧提供であった。そのために眠った人々を食肉加工し、然るべき場所へと運ぶ。統率者たる鮫辻浄頭が死んだ今、サメたちの命運は風前の灯火である。だからこうした地道な活動に終始せざるを得ない。
双頭悪魔蛸鮫の触手は自己再生しつつある。もうすぐ万全な状態になるだろう。それに、いざとなれば、もう一つの切り札もある。
――負けるはずがない。
真帆は、大きく深呼吸をした。
鮫滅隊に潜り込んだ上で偽りの救援要請を出し、鮫辻を討った三人の隊士を誘い出した。その内の一人、爆平射地助が今ここにいないのは残念ではあるが、鮫辻を直接討ったとされる炭戸凪義がこちらへ来たのが好都合であった。
今こそ、復讐の舞台は整った。鮫辻の仇を討つべき舞台が……そう思うと、真帆の全身に緊張が走った。
鮫人間になる前の真帆は、何をやっても駄目だった。勉強も運動も、何もできない。しまいにはいじめに遭って不登校になり、自室に閉じこもりながら鬱屈とした日々を過ごしていた。
そう、鮫辻浄頭と出会い、鮫人間になるまでは。
自分をいじめた相手を皆殺しにした後に出奔した真帆。彼女は、なかなかサメそのものにはなれなかった。完全にサメになる手前の鮫人間の段階でサメ化が止まっているのである。けれども今となっては、そのおかげで鮫滅隊の隊士になりすまし、仇討ちの機会を作ることができたのだからいささか皮肉めいた話である。
人肉列車は走る。哀れな籠の鳥たちを乗せて、何処までも……
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