第6話 ダブルヘッド・デビル・オクトパスシャーク
「ん……しまった!」
凪義が目覚めた。瞼が開くや否や、凪義は跳ね起きて周囲に視線を振った。
「催眠ガスか……厄介だ」
凪義は足元のチェーンソーを拾い上げると、苦々しげに舌打ちをした。眠る前、あのサメがガスを吐き出したのを思い出したのである。
「敵は向こうの車両に行ったか……」
「あー……どうしまショウ……」
ゼーニッツは先の奮闘が何処へやら、鞘に納めた刀を握りながら子鹿のように足を震わせている。
あのサメ……非常に厄介な敵だ。眠っている間の生物というのは無防備であり、眠らされてしまえば太刀打ちできない。ゼーニッツのような戦士であれば話は別だが、彼が取り逃がしたということはそれなりに力のある相手と見てよい。
その間、芳子は窓の外を眺めていた。呑気に車窓から景色を楽しんでいるのではない。その顔には張り詰めたものがある。
「この電車……各駅停車しかないなのに今まで一度も停車してない!」
芳子は異変に気づいた。この路線は各駅停車のみが走っている。途中の駅を飛ばすことはありえないのだ。なのに、この列車は乗り込んだ駅を発してから一度も停車していない。これは明らかにおかしい。
「ところで、そこの方は」
凪義は芳子に向き直った。芳子は目の前の美しい容貌の少年の鋭い眼光に、一瞬恐怖を覚えてしまった。まだ十代の半ばほどだというのに、大人でさえも圧倒してしまうような恐ろしい目をしている。
「あ、あたしは長月芳子、
「……僕は新聞記者が嫌いなんです」
「えっ」
芳子は面食らったが、凪義はそれ以上何も言わなかった。
凪義はスマホを取り出し、何やら操作していた。そして、その画面を傍らにいるゼーニッツに見せた。
「サメは先頭車両にいるな」
「いつの間に発信機つけたデスか?」
「ああ、最初に」
ゼーニッツは眠る前、凪義が何かを敵に投げつけていたのを思い出した。あの時サメの口目掛けて投げつけていたのは、発信機を内蔵した針だったのである。
「それにしても蟹江真帆が見当たらないが……」
「ああ、あの女の子? あの子はね……」
芳子は凪義に、蟹江真帆の裏切りを伝えた。彼女がゼーニッツにハンマーで一撃を食らわせたことは、芳子にしか知りえないことであった。芳子の口から仲間の裏切りを告げられた凪義は、少しも驚く様子を見せずに、
「そうか」
とだけ呟いた。
「ええ……あの女の子ワタシの頭殴ったデスか……怖いデス……女の子怖い……」
先ほどから怯えた様子のゼーニッツは、芳子の話を聞いてより一層恐怖を強めたようで、肩を縮めて凪義の背中に隠れてしまった。
「難しい相手だ。射地助を先行させてはいるが……下手を打てばこちらが全滅しかねない」
「ワタシもどうすればいいか分からないデス……」
凪義とゼーニッツ、二人は難しい顔をして考え込んだ。
***
「危なかったわね……」
ゼーニッツを殴り倒した真帆は、サメを伴って隣の車両に移り、催眠ガスを吐かせて乗客を眠らせると、乗客たちの脚を引っ張ってサメの目の前に集めた。サメの口に乗客を全員放り込むと、次の車両に移って眠らせる。それを繰り返して、先頭車両にたどり着いた。
このサメはただ陸上を動き回れるというだけでなく、タコの触手を使い、壁や天井に貼り付くなど、スパイダーマンのような立体的な動きをすることができる。
強みはそれだけではない。このサメは二つの超能力を持つ。右の口からは吸いこんだ者を眠らせる催眠ガスを吐くことができ、左の口には飲み込んだものを消化せずに四次元空間に転送、収納する能力が備わっている。
この催眠ガス、効き目は非常に強烈であり、これを相手が吸い込んだ時点で、鮫滅隊が相手であろうがほぼ勝利が確定する。だがその分本体の戦闘能力は低く、眠ったままでも動けるゼーニッツのような者が相手では分が悪い。現に触手を全て切られてしまい、機動力が大幅に落ちている。
……実際のところ、行動をともにしている蟹江真帆も、このサメの能力について詳しくは把握していない。眠った人間は、それこそ加工している最中でさえ眠りっぱなしであるが、何かの条件が揃えば醒めてしまう可能性は十分に考えられる。
ゼーニッツというイレギュラーを、一旦は退けた。ただ、あれはあくまでも不意打ちであり、二度目は通じない。そして、鮫滅隊の隊士たちの能力を思えば、ハンマーの一撃が致命傷になっていない可能性もある。あの時、触手を切られたサメを気遣うあまり、ゼーニッツに追撃を加えて確実にとどめを刺しておくのを忘れていた。こういうところで、真帆は自分がまだサメになりきれていない半端者であることを思い知らされた。
蟹江真帆はサメになりかけの鮫人間であり、人間になりすまして活動することができる。代わりに人間になりすませる以外の力は持たないため、双頭悪魔蛸鮫と組んでとある仕事に従事しているのだ。
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