第3話 誕生日プレゼン(ト)をあげるそうです

「そういえば、レンの誕生日って今日だったか」


 放課後、帰りの用意をしていると、ふいに広樹が聞いてきた。


「あー、そんな日もあったな」

「自分の誕生日くらい覚えときなって、はい、これ誕生日プレゼントな」

「おっ、サンキュ―――って、これはなんだ?」

「それは『働いたら負け』ってプリントされたTシャツだぜ」


 帰りの用意を既に済ませた綾香がTシャツを見ながら話に入ってきた。


「へぇ、レンにぴったりじゃない」

「……失礼な、これでも真面目に学業を全うしてるはずだ」

「授業中寝てる人が何言ってるの」

「そういうアヤは何か持ってきたか?」


 広樹が聞いた。


「何って……何よ」

「レンの誕生日プレゼントに決まってるだろ?」

「……あっ、あ~、レンの誕生日ね、もちろん持ってきたわ」

(持ってきてたのに、誕生日のことを忘れてたなんて……言えないじゃない)


 俺は彼女の表情を怪訝に思った。


「どうした?顔色悪いぞ?」

「―――な、なんでもないわよ!はい、これ!」


 そう言って俺に袋を手渡してきた。


「手作りクッキーよ、正直何を渡せばいいか分かんなかったけど、これが一番妥当じゃないかしら―――あっ!」


 綾香が懇々と話している間にそのクッキーを口に放り込んだ。


「どう……? おいしい?」


 心配そうに俺の顔をのぞき込む。


「―――ああ、うまい」

「よかったぁ~」


 見るからに誰でもわかる安堵の表情をした。


 特にこの感想はお世辞でも何でもない。心からおいしいと思った。


「俺にも食わせろよー」

「ああ」

「―――おっ、クッキーじゃん」


 いつの間にか後ろにいた英士が俺の手に持っていた袋の中からクッキーを一つとり、ムシャムシャと食べ始めた。


「俺からもプレゼントだぜ」


 俺は貰った袋の中身を何も考えずに開けた。


「シャーペンだな」

「普通だな」

「普通ね」


 英士は不敵に笑い始めた。


「わかってないなぁ―――これはなぁ、振ると芯が出てくるんだ!どうだぁ、すごいだろぉ!」カチカチカチカチ


 一体何を話し始めるのかと思うと、某テレビショッピングの過大広告を沸々と思い出させるようなプレゼンを突然始めた。しかも背後に『どやあああ』とかいうテロップが出そうなほどのドヤ顔で。


「「「普通じゃない(か)」」」


 揃って俺たちは言った。そりゃあ、そこら辺にあるようなシャーペンの特徴をどや顔で話されても「ふーん」程度にしか感じられないっての。


「それもそうだな」


 彼は先程までのドヤ顔をすぐに真顔に戻し、そう言ってシャーペンをもとの袋に戻した。


 どちらにせよ、俺はプレゼントをもらったことに嫌な気分は全く感じなかった。寧ろうれしかった。


「そうだ、帰りにカラオケ行かないか?」


 広樹が思い立ったように言った。


「別にいいんじゃない?」

「俺は勉強したいからパス」

「「知ってる」」


 見事に広樹と綾香、二人の声がハモった。


「レンはどうするよ?」

「あー、俺もパス」


 俺は学校に着くまでの記憶を思い返す。

 6時に夕佳の家に行かなければならないからな。そう考えると、カラオケは当然無理だ。厳しすぎる。彼らの言うカラオケ店は帰り道と真逆の方向にあるため、俺にとってはかなり遠い。100m走で15秒の俺が全力を出しても、おそらく―――いや、絶対に間に合わないだろう。

 約束を破るなんてことしたら自分の首を絞めることになる。……勉強時間が増えるのが嫌なんだよ。そのせいで睡眠時間が削られるのはもっと嫌だ。


「お? 遂にレンも勉強の魅力に気づいたか?」

「んな訳ないだろ」


 俺は見当違いな質問に呆れたような表情で返答する。


「じゃあ何かあるのか?」


 と、広樹が聞いてくる。


「色々あるんだよ」


 幼馴染のことだが、まだコイツらには伝えていない。というより、誰にも伝えたことがない。夕佳は別のクラスなのでバレる心配もないのだが……。バレるのも時間の問題だろう。

 万が一にもこのことを伝えたとすれば、俺と夕佳に対する黒い噂が1つや2つ出たりするのは目に見えて分かる。そんなことは御免だ。あと強いて言うなら俺の安眠を邪魔されるのは困る。


「まあ、深追いはしないけどな―――最近、レンは断ること多くなったよなー」

「確かにねー、じゃ、今日は中止ね」

「え―――あ、ああ」

「なによ?そりゃあ、2人しかいないんじゃ寂しいでしょうよ」

「確かにそうだが……いや、なんにもないぜ」


 なごり惜しげに窓の外を見つめる。ごめん、カラオケ行きたかった気持ちもわかるけどこっちにも事情があるんだ……。


「―――そろそろ帰るか」


 そんな会話をしながら、俺たちは校門を出てそれぞれの帰路についた。

 しかし、レンは知る由もなかった。彼には想定外の出来事が待ち受けているなんて。

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