第2話 天空の城が崩落したようです

 授業中。俺はいつものように睡眠をとる。

 じゃあ家ではどうしてるんだ、と思うだろうが、これでも俺はしっかり寝ている。ただ眠いから寝ているんだ。本当にそれだけだ。大して理由はない。


「おい、九十九。起きろ」


 授業中、古典の先生の声で目が覚める。

 重い瞼を無理やりこじ開けて前を見る。


 まっ……眩しい……!

 蛍光灯の光が先生のハゲ頭に反射して俺の目に直撃する。目があ、目があああ―――

 先生のハゲ頭によりラピ〇タが崩落したようだ。


「九十九、なぜ笑っている」

「いえ、先生の頭部が……いや、何でもないですよ」


 やべっ、もろに『頭』って言ってしまった。

 こういった人の前では、もはや禁忌ワードと言っても過言ではない。

 まあ、先生も先生で自虐ネタとして使ってるから特に問題ないよな……。うん、きっと大丈夫。


「今、頭部って言ったな?」


 ハッ……!! この剣呑な雰囲気……。

 言わずもがな、先生が言いたいことは分かってしまう。


「俺の頭がどうした―――」


 ―――と、次に先生が何か話そうとしたところで、授業終了のチャイムが鳴り響く。


「……まあいい。授業終わるぞー」


(ナイスゥ!)


 俺は心の中でガッツポーズした。

 あの先生が話し出すと長くなるから説教系は嫌だったんだよね。後半くらいになるにつれてだんだん眠くなって、話していることがすべて右から左に流れるのだ。


 古典の先生が教室から出ていくと、前の席の男子がこっちに振り向いてきた。


「よお、レン、今日も古典の授業寝てたな」


 彼はケラケラと笑う。


「何を言ってるんだ?ヒロ。いつも通りじゃないか、何が変なんだ?」


 コイツは井上広樹いのうえひろき。中学の時は同じ学校だった。見た目は俺と全く対極にいるような存在だったが、話してみると案外意気投合し、さらに偶然にも受ける高校が一緒だったのだ。そして今に至るまで親友なのだ。


 パシコーン!


 後ろから誰かに頭をはたかれた。しかも無駄に心地良い音で。


「――ッ! てぇ~、またお前かよ」

「レン! なんでアンタはいつも授業中に寝るの!」


 今俺の頭を危険に晒した女子は、中谷綾香なかたにあやかだ。

 コイツは風紀委員なのだ。それゆえ、よく俺に噛みついてくるので怒られるのはもう慣れてしまった。


「眠いからに決まってるじゃないか」

「授業は聞くもの!」

「欲望に忠実っていいぞぉ」

「そうだそうだ」


 隣の席から同意の声が飛ぶ。


「ちょっと、エイジ!」


 今、綾香がエイジと呼んだ男子は水野英士みずのえいじだ。とりあえず、英士を一言で表すのなら――勉強魔人だ。俺の幼馴染には及ばないが。

 毎回のテストが帰ってくる時、『あー! また2位だぁー!』と落ち込んでいる。もはや恒例行事と化している。

 しかし、それは特に落ち込む必要のない成績だと思うのだがそれは。


「俺も欲望に忠実だからな~特に勉強とか」


 そして、少しナルシスト気質があるようだ。


「それは例外だぜ」


 広樹が言った。


「そこは同調するわ」


 綾香が言った。


「そうだな」


 続けて俺も言う。


「なんでだ? 楽しいじゃないか、勉強」

「そんなこと言うのは少数派だぞ」


 真顔で俺は言う。


 正直に言うと、俺は勉強が嫌いだ。既に答えが決まってしまっている問題を解くより、自分で答えを見つけ出すほうが好きなのだ。つまるところ俺は―――


「……『普通』にはなりたくないんだよ」


 パシコーン!

 教室中に心地よい音が再度響く。


「だから痛いって……」

「そういうことは天才だけが言えることなの!ましてやいつも授業中に寝てるアンタが何言ってんのよ!」

「そうそう、俺みたいな天才が―――」

「エイジはややこしくなるから黙ってて」


 そんな他愛のない話をしているとすぐに時間が過ぎ去ってしまい、次の授業の予鈴が鳴った。周りの人たちはそそくさと次の授業の準備を始めていた。


「さて、そろそろ俺たちも準備するか」

「レンって何気にやる気はあるけど、結局やる気だけよね」

「まあ、それもレンっぽい感じがするけどな」


 広樹が現代文の教科書を出しながら言う。


「それはそうだけど―――ヒロ、次の授業は数学だよ」

「おっほんとじゃん、サンキュ、アヤ」

「おっ、先生来たな」

「ふわぁ……また眠くなってきた」

「寝ないでよ? またはたかれたいの?」

「別にはたかれたくて寝てるんじゃないんだよ……」


 その後、授業が始まった途端に俺が寝始めたのは言うまでもない―――。

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