迷子のバスに乗った秋

秋色

第1話

 この町では、早朝のバスは冬が近付くと、ミルク色の朝もやの中を走る。さゆみの乗る始発のバスがそうだ。そして学校が終わり、生徒が部活を終える頃には、バスはすでにすみれ色に染まった夕闇の中を走っている。この季節の通学で、さゆみは明るい陽射しをほとんど見ない。

 

 さゆみは高校に入学して以来、ずっとバス通学をしている。家から遠い私立高校のため、片道1時間以上も毎日バスに揺られていた。その間、山道もある。つまり1つの小さな山を越して、山向こうの街に行くという形の通学になる。

 早起きが苦手なさゆみにとっては、この通学時間が大いに悩みの種だ。だからバスの中ではいつも、座席の中に体を沈めるようにして居眠りをし、過ごすのだった。



 それにこの通学には、もう一つ悩みの種があった。

 山を少し登ったところに地蔵塚があり、そこには五地蔵と呼ばれる、赤い前掛けをした五体の地蔵が高さ順に並んでいた。さゆみはその地蔵塚が気味悪いのだ。昔、ここで交通事故でもあったのだろうかと気になるし、もしそうだとしたら何だか縁起が悪い。だからいつもそこを通る時、さゆみはうつむいて地蔵塚が目に入らないようにする。



 そうやってうつむいている間にいつも自然と眠りに落ちてしまうのだった。さゆみの降りる自由が丘学園前が終点のバス停だから良かったものの、そうでなければ何度居眠りしたままバス停を通り過ぎた事だろう。


 でもその通学の悩みももうすぐ終わる。来月には、父親の転勤で遠く離れた都会の街に引っ越す事になっていたからだ。向こうの高校の編入手続きもすでに済んでいた。

「都会へ行ったら、もうこんな田舎には戻って来ん」

 さゆみはそう心に決めていた。

 



 「お客さん、終点ですよ」


 その日の朝も、運転手のぶっきらぼうな言葉と共に跳び起きてバスを降りた。


「さゆみん、今朝も終点でバスの運転手さんに起こされたんでしょ? 隣のクラスのコから聞いたよ。次の高校では気をつけなよ。バスの終点にある高校じゃないだろうから」

 クラスメートが助言する。


「大丈夫だよ。今度は住むマンションの前にある高校に通う事になってるから」


「良かったね。もしかしてホントに都会の真っ只中に住むん? さゆみんには似合ってるかも。細身だし、色白で小顔だから、都会のファッションが似合いそう」


 さゆみにはそんなクラスメートの言葉がこそばゆかった。もちろん反対意見――さゆみんのような地味顔には地元のかすり生地こそ似合うんだ――もあったけど。



 その日の帰り、さゆみは学校帰りのバスの中でまたもをしてしまった。バスがブレーキをかけた衝撃でさゆみが目を覚ますと、バスは知らない町を走っている。行きは終点までの通学も、帰りはそうではない。さゆみの家の近くのバス停を過ぎてずっと先の隣町の団地までバスは走るのだ。さゆみが寝ている間に降りるバス停を通り過ぎた事も考えられた。


 それにしても車窓からの風景は、家からそんなに離れた場所であるはずないのに、なぜか風景に見覚えがない。柿の実の色の角灯に照らされた洋食店、ガラスのはめ込み窓の付いた扉があるのに中は見えない酒場……。 どの店も初めて見る気がした。

 それでも乗客は一人一人と聞いた事のない名前のバス停で降りていく。

 やがてバスの中には一つ置いて前の席に座っている一人の老人と運転席のすぐ後ろの席の小学生らしい巻き毛の男の子とさゆみの三人だけになったようだ。この男の子は、通学のバスの中でよく見かける気がした。「ようだ」というのは、バスの中が薄暗くてよく見えなかったから。

 さゆみが後ろを振り向いた時、一番後ろの一列のシートに並んでいる何人かの人影が見えた。そして何とか目をらしてやっとその姿が見えた時、さゆみは思わず、「きゃっ」と叫んだ。


 一番後ろのシートに並んでいた乗客は、石でできた地蔵達だったから。









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