赤の書

AIR

第1話 お出かけ

私たちは幸せ。毎日がとても楽しい日々。

 こんな日が毎日続けばいいのに。

 私は心から今の幸せに感謝していた。


「ティターナ!

早くしなさい。待ち合わせの時間に遅れるわ」


「ごめんなさい。お母様。今行きます」


 今私は、とてもウキウキしている。

 だってこれからアーネちゃんのお家に行くんですもの。


 化粧机の前にある大きな鏡に映った自分をみて最終チェックをした。

 

よし。

 身なりはばっちり。確認ができたら、呼ばれた声の方へ駆けだした。


 あ、そうだ、忘れちゃいけない。大事なもの。

 もう一度部屋に戻って大きな鏡の前に置いておいたプレゼントをしっかりと握りしめた。


「ごめんなさい。」

 

 そういって私は馬車に駆け乗る。


 私の家の玄関が閉まるなり、馬車は発車した。


「いいぞ。出してくれ」


 低く落ち着いた声でお父様は前に座る運転手に声をかける。


 前の人が手綱をたたいてゆくっりと馬車は走り出した。


「ティターナちょっと」


 お母様が私に手招きをして、私を膝の上に座らせた。

 優しい眼差しで、そっと私の赤い髪に手をかけてきた。


 どうやら走って馬車に乗ったせいで、その時に髪が少し乱れたみたい。


 母様はいつも私の事を気にかけて見てくれる人で、とても家族思いな人。


 前に私が家に帰るまでの道で、迷子になったことがあったが、私の両親はそれはもう沢山の人という人を使って、私を探し回って見つけてくれたことがある。


 その時はとてもうれしかったけど、今思うと、家の周りを探すのに、そんなに沢山の人で探してくれなくともよかったのではと思うのだけれど、それだけ私に何かあれば、全力で守ろうとしてくれる両親たち。



 本当に心配性なぐらい。

 そしてとても大切にしてくれる。


 お父様の口調は怖い言葉でまくし立ててくる時もあるけれど、少なくとも、優しく、寄り添ってくれる、人の気持ちを一番にわかってくれる両親だわ。だから見た目が怖いお父様も、怖い事を言ったって、行動では私たちを思って動いてくれるから、愛してくれているのだと心の底からそう思える。


 馬車はしばらく揺れて、山を越え、薄暗かった参道とは打って変わって、辺りを明るく日差しが照らす。

 一面野原の広い道。そして村、その景色を繰り返しては 街に入る。


 「うわぁ、見て、お母様、奇麗な景色」


緑と春を感じさせるような心地良い風。そして地面から咲き誇る美しい花々が窓の外に広がっていて、たまらず私は顔を出して覗く。


「そうね。綺麗ね」


お母様も顔を覗かすわけでは無かったけれど、座っている位置から遠目で外を眺めている。


「こらティターナ!顔を引っ込めなさい」


 読み物をしていたお父様から躾けるような言葉が飛んで来る。


 せっかく綺麗なのに……


 そう思いながら私はボソッとそれが声に出ていたとは気付か頭を引っ込める。


 お父様の睨んだような目。

 お父様はその言葉を耳にして、少し怒ったような顔をしたから、私は合わす顔がなくなって下を向いて座る。


「旦那様」


 外のじいやがこちらに向かって話しかけて来た。


「あぁ。わかっている

頼むぞ」


「はっ」


 お父様は険しい顔をした。

 と思ったのもつかの間。馬車はスピ―ドを一気に上げて加速しだした。

 あまりにも急だったので私たちの体は横に引っ張られるように持っていかれた。




 外は快晴だというのになんだか寂しい街を通る。

 顔こそ出せないけれども、お母様の様に中から窓の外を眺めていると、一つの集落街のような場所に入った。


 外をあるいてる人はほとんどなくて、とてもお落ち込んだ雰囲気が感じられる。建っているお家もなんだか古めかしいような感じ


 とても不気味に感じる場所……


 馬車はどんどんとスピードを上げて奥へ進む。

 まるでこの場所から早く抜け出すかのように。


「旦那様

少し揺れます」


「うむ。お前に任せる」


「はい。かしこまりました。」 


 馬車が揺れるの?

 またいつものあれかしら?

 それとも別に何かあったのかしら?

 私は子供ながら蓄えた知識を引き出して考えてみたけれど、ダメね。

 わからないわ。


 ちらっと外を見ると、人がちらほらと歩いていた。

 ある人は、道端に座っていたり、赤子?のようなものを抱いている女の人が家の前で立ち尽くしている。


 なんだ、人はいるんじゃない。

 全く無人の場所になったのかと思わせるこの街。


 人がいてちょっと安心したような気にもなったのだけれど、でもなんだか怖い雰囲気をこの街は出している。


 きゃっ、


 急に馬車が揺れるもんだから恐怖を感じていた私は驚いたように声を上げた。


 馬車の車輪が盛り上がっていた石か何かを踏んだみたい。

 

 跳ね上がった馬車は一目散に走る。さっきよりスピードが増してるみたい。


「ねぇ、お父様……」


 私の心配そうな声に父が安心させるように笑いかける。


「大丈夫だ。」


 そっと頭を撫でられた。


 




 お~~~~~~ぃ、まってくれ!


 なぁ、止まっておくれよ。


 ねぇ、お願い。 お願いよ。

 話を聞いて、話だけでも、






 外に出ている人たちが一斉に馬車のほうへ駆け寄ってきては私たちを呼び止めてきた。

 

 

 それがすがる様な、何か困っている人たちの言い方に聞こえて、私は居たたまれない気持ちで仕方がない。


 どうして、お父様は馬車を止めてあげないのかしら。


 そう思っていると、その声に釣られてか、続々と家の中から人が出てきて、私たちの乗っている馬車を止めようとしてきた。

 気が付くと街にたくさん人がいる。


 馬車は何度も何度も右往左往に揺れて体をぶつける私を、これ以上ぶつけない様に身を挺してお母様が包んでくれていた。



 きゃぁーーー。


 私は馬車の揺れる強さに声を出す事しかできなかった。 


「爺ぃぃ、」

 

「大丈夫でございます。もう抜けますゆえ」


猛スピードで馬車が街をでる。




「大丈夫でございますか」


「あぁ。大丈夫だ。ありがとう爺」


「恐れ多きお言葉」


 馬車は段々と速度を落としゆっくりになった。


 何だったのかしら。暫く私はぼーっとしていた。


 外を見るとまた華やかな景色が広がっていて、お母様も、お父様もほっとしてるようだった。


「馬車が転ばなくてよかったですわね」

 

 お母様は優しく私の頭をなでながら話す。


「あぁ、そうだな。

大丈夫か?ティターナ」


 お父様も爺やを信じているとは言え、少し心配していたみたい。


「えぇ、なんともないです」


 私はそう答えて暫く窓の外から離れていく寂しい街を眺めた。

 もう誰も追いかけては来ない。


 どうしてお父様たちは、馬車を止めて、困っている人たちの声を聴いてあげないのかしら。


 この街を通ると、とても疑問で仕方がない。


 この場所を通る事は何度かあった。しかし、大概このような形でいつもこの街を抜ける事になるので、私たち家族はこの場所をあまり通らないようにしているみたい。


 本来ならばここを迂回して、少し遠回りしながら、山の方を通っていくのだが、私にはそこもあまりよい道とは言えない。

だって、やっぱり暗いし、それにいつ土砂が崩れてきたっておかしくない道もある。そして、この街を通るよりも幾分も時間がかかってしまう。


 早く着かなければならないらしいこんな日は、お父様たちは仕方なくこの街を通って行くみたいなのだけれど。

   

 ただ、いつも人助けをするお父様がどうしてこの街の人たちに耳を傾けないのか、そこはここを通る時、いつも思っていた。

 


 丁度いい機会なので、私は聞いてみることにしようと、お父様にお伺いを立ててみた。


「お父様?

 どうしてあの人たちを助けてあげないのですか?

 どうして馬車をとめてあげなかったのです?」


 例え急いでいたからとは言え、助けを求めて来ている人に、あれはあんまりにもひどすぎるわ。と、いつも思っていたし。


「ティターナ……


 お前はそう思うのだな。

 優しい子だ。

 そうだな、助けてあげられる者がいるなら、しっかり手を差し伸べてあげなさい」


 ん?どういうこと?


「では、どうして、」


「ティターナ……、」


 お母様が何か言いたそうだったが、お父様が話し出した。


「いいか、ティターナ。物事には区別がある。しっかりと知識を身につけ判断しなければならないんだよ。

 あの人たちには手を差し伸べては駄目なんだ」



 どういうこと?困っている人たちなのに?分からないわ。

 困っているのであるならば尚更、馬車を止めるべきだと思うの

だけれど。

 もし、何か食べ物にでも困っているならば、少しくらいなら私たちの分を分けてあげる事ぐらいできるだろうし。

 なんせ家にはたくさん食糧もあるのだから。

 それで人の命が救えるのなら喜ばしいことだわ。

 まぁ、あの人達が食糧に困っているかはわからないけど。

 あの人たちが可哀想よ。私はそう思う。



「どうしてその必要がないの?」


 お父様は語りかける。


「ティターナ、

 お前には難しい問題かもしれない。

 だけどお前はその問題に当たるまでに成長をしたんだ。

 それはえらい事だ。しっかり考えなさい。」


 お父様は誇らしそうに私を撫でた。


「いいか、今から言う事はとても大事な事だ。だが、今から言う事は、今のお前には理解できないだろう。しかし、これをお前に言うのはきっと今なんだと思うから言っておこう。

 しっかり聞いて頭で考えなさい

 そして、覚えておきなさい。

 

 物事の判断を見誤ってはいけない。ただその一つの見え方だけで判断してしまってはいけないんだ。」


 私は真剣に聞いた。


「えっ、と、どういうことかしら?お父様。

 たった一つの見方って、あの人たちはどう見ても困っていたわ」


 ふふとお父様は小さく笑う。



「お前は本当に純粋な子に育ったな」


 お父様とお母様は目を合わしあって困った顔にもほほ笑んでる顔にも見えた。


「本質を見なさい。という事だ。

 もっともっと、深い部分だ。そうすれば見えてくる。

 お前はまだこの世界の浅い部分しか見れていない。

 これから先お前は沢山判断を下すことになる。

 今みたいな事もそうだ。

 それはお前がそれにふさわしいだけの力を持っているからこそ起ることだが、そこには責任と代償が必ずついて来る。


 出会っていきなり答えを出さないといけない時、もっと人の内なる欲望を見てその答えを出さないといけないんだ。

 だからその為にも、たくさん勉強しなさい。

 そして大切な人を、自分を失わないようにするんだ。

 自分を守る為にも」



 まるではぐらかされた回答だわ。


「それでは答えになっていないわ。

 何もわからない。

 私が聞いているのは、どうして困ってすがる人たちを助けないのって聞いているのよ?」



「そうだろうね。じゃあティターナに聞こう。

 もしあの時馬車を止めていたら、どうなっていたと思う?」


「きっと彼らの困っていることを聞いて、何か導けていたと思うわ」


「とても漠然としている回答だ。


そして? それだけかい?」


それだけって


「えぇ、そう思うのだけれど……」


「導けたとは何を導くのだ?」


「そんなのは聞いてみない事にはわからないわ。

 だから、止めて彼らの声に耳を傾けないと。

 何の問題解決にもならないし、何も始まらないわ。

 この間にも彼らは苦しんでいるかもしれないのよ。

 お父様も私に言っておられましたわ。行動を起こさなければ何も始まらないと」


 お父様はニコっと笑った


「よく覚えているな。ティターナ。その通りだ。

 動かなければ何も始まらない。

 困っている人がいるなら、手を差し伸べてあげなさい。

 そしてこれはお前への勉強だ。

 少し厳しい事を言おう」


 急にお父様の険相が変わる


「お前は何も危険予測をできていない。

 それでは何もかもを失う未来になる。

 人は良い人ばかりではない。というより良い人などただの人間の偽言だ。

 備えなさい。例えどんなことが起きても対処できるように。一歩先、二歩先、できるならもっと先を予測して行動するんだ。

 そして、そうであっても、今のお前のその優しさは失ってはいけない。

 理不尽であると感じても、偽言であるそれをお前はこの世界で実現していなさい。


 そうすればお前の周りには沢山の人が集まる。そして困った時、必ずお前を助けてくれるようになる。

 お前は純粋でとても優しい子だ。そこはお前の素晴らしいところだ。

そしてこの世界では同時に弱みである。

 だからこれからは未来を見るように行動してみなさい。」


 私は黙っていた。


「いい勉強になったな。」


 私は訳もわからずただ一生懸命黙って考えた。

 私にはまだ足りないところを言ってもらったのはわかったのだけど……、

 それからは? そして未来を見るって何?


「どうやらお前は何一つわかっていないようだがな」


 一生懸命考える私を見て、お父様は最後に笑って話は終わらされた。


 考えれば考えるほど、腹だたしく思ってきてしまう。

 何の回答にもなっていないんじゃない?

 これでは会話ではなく、ただのお説教みたいになって終わっていないかしら?

 私には何も学べているようには思えないのだけれど……

 意味も分からないし。


 それに未来を見るなんて、私にできるのかしら?

 私は魔法使いではないのだれけど。

 お父様のお話のほうが現実的ではない気がするわ。


 ここで私の悪い癖が考えるのをやめさせなかった。

 どうも私は、自分にわからない事があるとわかるまで答えを出そうとする節があるみたい。

 本当、嫌なくせね。 おかげで本当に考え込む。難しければ、難しいほど。考えても答えが出ないことまで、答えを出すまで悩み続ける。自分の中で確証が欲しいみたい。

 この性格には本当に疲れるわ。でも、本能なのか止められない。なぜか自然と考え込んでしまうの。



 そうやって頭を悩ませていると馬車が止まる。


 馬車は体の大きな兵士達に阻まれていた


 じいやは胸ポケットから何かを見せると、重装をした兵士の一人が馬車をのぞき込んできた。


「これはアルスレット様。

 ようこそお越しくださいました。お話はお伺いしております。

 どうぞ。お入りください。



 おーい門を開けろ。」


 ゆっくりとその大きな囲いの門が上へと上がっていく。


 そこにはまたしても大きな扉があって、何人もの人が協力してその門が同時に開いて行く。


 そして開いた先には立派な蒼き屋根のお城と賑わう、街や市場がそこにあった。


 やっと着いたんだわ。



 私たちの馬車はゆっくりと中に入っていく。



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