第41話 番外編-1
がやがや、騒がしくて、目が覚めた。時計は午後十一時過ぎ。見たこともない夜中を示してた。
しばらく布団を頭まで被って目を瞑ってみたけれども、がやがやは耳に届く。眠れやしない。
僕は起きて、布団から出るとドアのすぐそばまで行った。耳をすませるまでもなく、右斜め前の部屋からがやがやは聞こえてくる。
「他に手がない」
「今の医術じゃ」
「成功確率、低い」
そんな言葉が切れ切れに聞こえてくる。
起き抜けでちょっと寝ぼけていた僕の頭は、ここでやっとはっきりした。
お父さんとお母さん、それに親戚の叔父さん叔母さん達が集まって、相談をしているんだった。
今の僕には一人だけおばあちゃんがいる。お父さんのお母さんだ。お母さんのお母さんは二年ぐらい前にがんで亡くなってしまったんだ。もっと前、僕はまだ小さかったからあとで聞いたんだけども、おじいちゃんは二人とも、やっぱりがんで亡くなっている。将来、お医者さんになれたら、と思った。
そしてお父さんのお母さんは現在、入院中だ。周りにがんで亡くなる人が多かったから、気を付けてよく検査を受けていた。ところが今年の春に体調をいきなり崩して、病院に飛んで行ったんだけど何の病気か分からない。あちこちで診てもらって、やっと分かったのは日本では四人目、女性では日本で初めてだっていう、何か難しい名前の病気に侵されているということだった。治療法が見付かっていなくて、それどころか何が原因で病気に罹るのかも解明されていない。
うちは大金持ちじゃないけれども、知り合いの知り合いをずっと辿っていって、運よく外国の専門家の先生が研究会とかで来日するのに合わせて、診てもらえた。その結果分かったのは、残念ながら半年と保たない可能性が高いって。それからこの奇病に罹ったのは恐らく約三年前だろうとも言った。専門家のお医者さんでも、それくらいしか言えないみたい。
お父さん達大人が集まったのは、だからいざというときにどのくらい延命治療っていうのをしてもらうか、その相談をするためだと聞かされた。この奇病は末期になると急激に痛みが強くなるらしいんだ。全身を針で絶え間なく刺されるみたいな……想像するだけで怖い。
その痛みから逃れるために、治療をやめる。つまり、死ぬのを待つことになる……。何とかできないものなのか? もどかしく思う。考えたくもないけれども、治療をやめたおばあちゃんが亡くなった三日後に、治療法が見つかる可能性だってあるんじゃないの? どんなに小さな可能性だとしたって、待っていてほしい。……でも、全身を針で刺す痛み……。
不安が頭の中で膨らみ、すっかり目が覚めた。お父さん達がどういった結論を出すのか、僕は意識を集中した。
三分くらい、騒がしいやり取りが続いて聞き取りづらかったけれども、年長者であるお父さんが「待て、みんな、一旦黙るんだ。落ち着こう」と強めに言って、何とか静かになった。
それからお父さんが切り出した話を、僕はすぐには理解できず、頭がこんがらがった。
「現代の医学で治せないということは、過去に行っても無意味。これは決定事項と言える。だから行くのは未来しかないんだ」
「いや、待ってくれ。専門家のドクター……ジョイスだっけ。あの先生は三年前に罹患した可能性が強いと言ってたろ」
これはお父さんの弟、
いや、それよりも、お父さんも叔父さんも一体何を言ってるの? 未来とか過去とか……タイムマシンの話? おばあちゃんの病気のことを話し合ってるんじゃなかったの?
「ああ」
「三年前に行けば、何かできることあるんじゃないかな」
「何かって何だ?」
「だからたとえば……その当時の母さんに過去とは違う行動を取らせるとか」
「絵空事だと思うぞ。正確に罹った日時が判明しているのならまだしも、三年前の丸々一年間、ずっと母さんに付き添うのか」
「いや、それは無理。ここにある説明によれば、一回につき三時間しかいられない。三回使っても九時間が精一杯」
「だろ? 他にあるか、過去に行ってできそうなこと」
「お義母さんに強く言い含めるのはどう?」
兼彦叔父さんの奥さんが言い始めた。
「こういう病気があるから念のため、毎月診断を受けてみてって」
「初期の段階で発見できることはごくごく希と、ジョイス先生が言っていたからなあ」
「希っていうのはゼロじゃないってことでしょう? 可能性に賭けるのはありだと思いますけれど」
「うむ……理屈は分かる。分かるが、ジョイス先生が言っていたのは理論上の話で、早期発見できた実例はないそうだから」
「そうでしたね……でも、三回あるチャンスの内の一回は、それに使いません?」
「余裕があればそれでいいかもしれない。となると、二度の権利をどう使うかを決めておかないとな」
「やっぱり、一度は未来に向けて跳ばないと、逃げているみたいで、お母さんに申し訳が立たない」
お父さんの妹、
「気持ちは分かるが、最初っから言ってる通り、その場合、誰が行くかって問題があるし、何年後に行けばいいのか分からないんだぞ」
まだ全然飲み込めてないけれども、未来に行くことに兼彦叔父さんは反対、お父さんや叔母さんは賛成みたいだ。それにしても過去は行けても未来は嫌だっていうのは、どういう考え方をしてるんだろう、叔父さん……。
「行くとしたらこの中で一番年下の私が」
「心がけはありがたいが、でも、何年後に行く?」
叔母さんにお父さんが問う。
「先生は、三十年やそこらでは治療法の開発には至らないだろうという見込みを仰っていた。仮に四十年後に開発されたとして、実用化まで何年掛かるのやら。余裕を見て、最低でも五十年は見積もっておかないとだめなんじゃないか」
「五十年先でも私は行くつもりよ」
「待て。落ち着いて考えるんだ。こんなことを言いたくないが、我々の家系は両家ともがんになりやすい気があるとしか思えん。五十年先の未来で貴子が無事生きているかどうか、少なからず不安だ」
「そう言われては……返す言葉がないじゃない。誰が行くとしてもみんながんの不安から離れられない」
「それが冷静な判断というものだろう。だからこそ揉めてる訳だ」
お父さんは少しあきらめたような、疲れたような笑い声を短く立てた。
僕はよっぽど部屋から出て、詳しく説明してもらおうかと思った。けれどもどことなくそうしづらい雰囲気があった。大人が、未来や過去に行けることを当たり前みたいに会話するなんて、突拍子もないにも程があるでしょ。
「このSカードは自分が生存している時代にしか行けないんだから、慎重に判断しなくちゃだめだ」
「こればかりは、身内じゃないとだめだろうしねえ。こんな重大事を任せられるだけの信頼できる他人がいればいいんだけど」
「身内か。身内で一番若い、といってもまったくの子供はだめだ、お使いができるくらいの歳の子は誰がいる?」
「うちの
お母さんが僕の名前を口にした。
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