第37話 7-6

 時任も賛同したのだが、彼女は実行に移せるだけの環境になかった。

(実質一度しかスキップできないのだから、比嘉さんと距離を取るためにSカードを使うなんて、ほとんど意味がないわ。いずれこの時空で鉢合わせするに決まっている)

 だったら最初からスキップはしない。無駄に動いても疲れて、眠くなるのが早まるかもしれない。

(徹夜したことなら何度かある。今よりもだいぶ若かったけれども、まだ何とかやれるはず。不安はあるから、何か対策を講じたいところだけど……)

 時任は他の四人の動向を観察しつつ、考えた。これまでにないほど頭を使ったと言っていい。その成果があったのか、閃きが訪れた。果たして絶対にうまく行くかというとそうとは限らないが、打つ手の少ない彼女にとって、試す値打ちがあるように感じられた。

 それだけ魅力的な手を試すには、まず江住に聞かなくてはならない。

「ねえねえ、江住さん。またなんだけどいい?」

「あまりあからさまな質問は避けて欲しいのですが……どうぞ」

「あらでも、そちらにも責任があるわ」

「と、言いますと」

「暴力行為っていう曖昧な言い方をされると、判断の付かないことってあるでしょ」

「さようですね。犯罪行為と言い切れればよいのですが、盗みなどは一応、認めていますので」

「じゃ、ぶっちゃけて聞くけれども、暴行は?」

「暴行は暴力行為でしょう。言うまでもなく」

「そうじゃないの。暴行は暴行でも性的暴行」

「はっはあ……」

 会って以来、江住が初めてひどく困惑した表情をなす。眉根を寄せ、唇を歪めて、大きな眼鏡とのマッチングがなかなかユニークだ。

「性的暴行をする人が参加者の皆様の中にいるとは思えませんが、やはり暴力行為です」

「どんなに軽微であっても?」

「軽微と言いますと……」

「セクシュアルな身体のパーツにタッチするとか」

「やはり暴力行為と判定させていただきます」

「異性間だけでなく、女同士、男同士だとしても?」

「無論です」

「ほんと? よかった。ありがとうね、江住さん。また教えてくれて」

 喜びの感情を表す動作として、抱きついてみせた。

 江住は特に動揺するでもなく、淡々と「どういたしまして」と答えただけだった。

「今のが聞こえていたと思いますが、皆さん」

 時任は振り返り、他の参加者達に両手が空っぽであることを示しつつ、話し続けた。

「Sカード、隠しました。探そうとしても無駄だということを、前もって宣言しておきます」

「……もしや、女ならではの場所に隠したとか」

 ドレスの女性が推測を述べる。何故か半笑いだ。時任の行動にひいているのかもしれない。

「私の口からは恥ずかしくて」

「手を出せば暴力行為で失格ということか、なるほどねー」

 女子高校生風が感心した口ぶりで言った。「私もそうしようっかな」と付け足す。

 女性陣が発言したのとは対照的に、二人いる音子はどちらも声は出さず、何とも言えない顔をしている。

「比嘉さんにも言っておかないと。メモに残しておこうかしら」

 時任は身に付けていたペンで、床にSカードをどこに隠したのかを示唆する一文を書き、警告とした。そしてペンをしっかり握り直すと、得意げに言い放った。

「よし。これで安心して寝ていられるわ」


 ~ ~ ~


 床のメモ書きを読み、比嘉はふんふんとうなずいた。頭の中では経過時間のカウントを怠っていない。

「うん、確かによい作戦だなとは思いますが」

 文字のすぐ近くには、時任(比嘉は彼女の名前を知らないが)が横たわってすやすやと寝息を立てている。

「こんなに熟睡するのはどうなのかな。お疲れのようだ」

 比嘉はSカードのスキップを残り一回分残して使い、たっぷり休息を取ってから戻った。他の参加者が寝ていたら、Sカードの奪取を目論んでいたが、さすがに狙いを察知されたらしく、一人を除いて誰もいなかった。

「眠りこけていたら最後のスキップができなくなるだろうに、のんきなものだ。――ねえ、江住さん」

 話す相手がいないので、比嘉は江住に声を掛けた。

「はい?」

 空間の片隅で、椅子に腰掛けてお茶を飲んでいた江住は普段よりも低いトーンで応じた。いやむしろ、これが普段の江住の声なのかもしれない。

「念のために聞いておくけど、あなたはこのゲームに干渉はしないんだよねえ? このあと彼女を起こすとか」

「しません」

「だろうね。それが公正中立というもの。これで彼女が六番目になることはほぼ確実。僕は経過時間を他の人達よりも正確に把握できている自負がある。スキップで何度か跳んで、その度に時間を確かめていたからね。他の皆さんは本人が思っているよりも、だいぶずれているはずだよ。

 僕にとって唯一の心配は、二十四時間のぎりぎりまで待って、自分が最下位の六番目になってしまうことだった。だが、その心配も消し飛んだ。彼女が寝てくれたおかげだ。この分なら目覚めやしないね」

「……本来ならこのようなことは尋ねないのですが、どのタイミングでスキップなさるおつもりですか」

「へえ、興味あるの? そうだなあ、僕自身のカウントだってちょっとずつずれているに違いないからねえ。タイムオーバーだけは気を付けないと。それでも、ま、五分前で充分行けるはず」

「その五分の間に、他の参加者の皆様が殺到するかもしれませんよ」

「ないね。こまめに修正を施していた僕よりも正確な経過時間は、機械なしには絶対に計測できない。不覚を取るとしたら偶然の産物だろうな。一か八かの賭けに出て、たまたま僕よりもあとにスキップすることになる可能性はゼロじゃない。そんな偶然に負けたとしたら、僕だってあきらめが付く」

「そういうものですか。勉強になりました。ご健闘をお祈りいたします」

 恭しくお辞儀をした江住は、ティータイムに戻った。


 続く

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