第23話 4-6

 次に使える現金がいくらあるか。タクシーを乗り回せるくらいなら、可能性は高まるかもしれない。けれど現実は……二万数千円。恐らく足りない。チップの対応する中古を買う。データの規格はどうなっているのか、詳しく知らない。五年で劇的に変化しているとかだったら、望みは薄くなる。

 何かあったときに備えて一万円札を余分に入れてきた。その何かあったときが今なのに、この金額では厳しい。

 と、そこまで考えてきて、またもや自分の落ち度に気が付いた。それも致命的なやつ。


 


 財布の中の一万円札は二枚とも渋沢栄一の肖像画がデザインされた物。二〇二四年に発行された新札だ。この二〇一九年の世界では使えない。コンサートの時はスマホの電子マネーで何もかも賄えたから、気が付かなかった。そして頼みのスマホも今は使えない……最早これまで。あきらめて戻るしかなかった。



 二〇二四年に戻ってからカメラの動作を試してみると、何の問題もなく機能した。スマホも同様。やっぱり、その時代に存在しない機種は、スキップ先では使えないみたい。商品として発売されてなきゃいけないってことはないと思うけど、五年も空いていると試作品すらまだなんだろうな、きっと。何にせよ、Sカードの注意書きに明記して欲しかった~。もしかして見落とされているのかな。

 それはともかく。

 自分の二段階の間抜けぶりに嫌気が差していた。でもこの失敗は私の責任。残る一回のスキップは、おばあちゃんのために使う。そう誓いを立てて、今度こそ成功させるべく、慎重に計画を立てる。機種や紙幣の問題をクリアし、いざというときに備えてデータのバックアップを取ったチップも持っていくことにする。おじいちゃんを自然な形で見舞う手段はどうすればいいか。他に注意すべき点はないか……。

 あれこれ検討している内に、当日のおじいちゃんはいつの時点まで意識がはっきりしていたの?という疑問が生じた。病院からの連絡は夕食後だったけれども、それよりも早く意識を失ってたんじゃないだろうか。もしくは意識はあってもぼんやりとしていた時間帯があったかもしれない。おばあちゃんのビデオメッセージを見せても分からないなんてことは絶対に避けなくちゃ。

 私はお母さんやお父さんが当日のおじいちゃんの容態の変化について何か知っているかもと、率直に聞いてみた。けれども期待に反し、両親からの返事は昼に見舞ったときまでは元気だったんだがなあ的な話に終始した。病院に問い合わせれば分かることもあるかもしれないけれど、五年が経過しており、確実とは言えない。

 結局、確実なのはあの日の昼間だ。でも高校生になった私は、そのお見舞いの場に入り込むことが難しい。午前十一時以前でも意識ははっきりしていたかもしれないが、絶対とは言い切れない気がする。

 そこで私は、当時のおばあちゃんに接触して、直におじいちゃんに言葉を伝えてもらうのはどうかと思った。思ったものの……これも困難さのハードルは高い。私が当時の姿形ならまだどうにかできる余地はありそうなんだけど、高校生の姿ではどうしても警戒される。

 だったら私が当時の私にようく言い聞かせて、当時の私がおばあちゃんに、おじいちゃんに最後のメッセージを伝えてと請願する? 最後なんて言葉使ったら叱られそうだわ。

 どれもいいアイディアに思えないのは、今のおばあちゃんが直接行って、おじいちゃんに伝えるのが一番だという頭があるからかなあ。

 私が署名したSカードを元に戻せたら。普通なら実現不可能なことだけれども、Sカードを使えば時間を遡れるのだ。何とかなりそうな気がする。たとえば、私が名前を書き込む前の時点に跳んで、事情を話すか強引にかはともかく、Sカードを渡してもらう。それをおばあちゃんが使えばいいんじゃないの?

 ただ気になるのは、過去の改変がSカードそのものに及ぶこと。私自身にも関わる話だけに、より慎重を期さなくちゃ。物事のつながりがドミノ倒しのように単純な連鎖であるとしたら、Sカードに名前を書かないことになった私がその後、Sカードを使えるはずがなく、よって私はSカード三回目の権利を使って署名する前の時点に跳ぶことはできなくなり、過去の私はSカードに名前を書けたので使える……だまし絵的な永久階段の如く、ぐるぐる回ってしまうんだよね?

 それともこれまで起きた出来事は、Sカードによる過去や未来への干渉分も含めて、歴史として“認定”された上で、今後のSカードを使った干渉で上書きされていく……のかな? 私としては後者の方がまだ理解が及ぶ。前者だと、自分がどうなってしまうのか想像が付かない。こんな程度の理解で、一か八かの賭けに出るのは怖すぎる。せめてあともう一つくらい、光明を見出せる何らかの根拠、よりどころがあったらな。

 ……あるかも。

 私は可能性を見出した、と思う。信頼のできるパートナーがいてこその計画だけど、その点は問題ない。おばあちゃんがパートナーだから。問題になるとしたらおばあちゃんの目と、あとSカードの規則。おばあちゃんに関しては、何度かリハーサルしておけば大丈夫と思う。

 規則は八番目がちょっと気になるのよね。同じ時空への度重なるスキップはだめ、みたいな文言だけど、これは絶対にやってはいけないという訳でもなさそう。リスクを覚悟しての行為ならどうぞ勝手に、っていうニュアンスを感じる。そもそも、規則を厳格に守らなければいけないかっていうと、さほどでもないんじゃないかしら。だってその一つ前の規則に、他の人にSカードの存在を口外したら偉い目に遭いますよ、みたいに書いてあるけれども、私とおばあちゃんのような例はどうなるの? おばあちゃんはSカードを私に見せたけれども、Sカードが何なのかは知らなかったし、使い始めてもいなかった。一方、私は使い始めたあと、Sカードについておばあちゃんに色々と話した。でも何ともなっていない。ここの規則は恐らく、Sカードの仕組みを調べてその技術を盗用することに対する警告の意味合いで書かれているんだろう。

 この推測通り、規則が割と緩めに運用されているんだとしたら、特定の時空への重ねてのスキップも安全弁と言えばいいのか、少しは余裕を持たせてあるはず。それに私が思い描いているのは、同じ時空へ別々の人間が跳ぶという状況なの。これを非常に危険な行為として禁じてしまったら、一つの時空につき一人しかタイムトラベルできないことになる。そんな莫迦なはずはない。

 よし、決めたっ。真っ新なSカードを手にするために、やってみるんだ。


 ~ ~ ~


 不思議な感覚だった。

 記憶が途切れていると言えば途切れているような、つながっていると言えばつながっているような。一度断片的になった記憶が複雑につなぎ合わされた、そういう表現が一番近いかもしれない。

 私がしようとしていたことははっきり覚えている。

 まず、Sカード最後の権利を使って過去に行き、私がカードに名前を記入するのをやめさせる(便宜上、この時点をTと呼ぶことにするよ。同じく、その時点の人物を人物の呼称+Tで表すから)。SカードにはおばあちゃんTが名前を書くようにしなければいけない。だけど書いてもらう前に、私がSカードをどのように使ったのかその経緯と私の立てた作戦を説明する。

 作戦とはこう。名前を書いたおばあちゃんはおじいちゃんに会いに行き、感謝の言葉を伝える。さらに、二回目の権利は自由に使ってかまわない。学生のとき告白してきた男子にどうしても謝りたいのならそれでもいい。

 でも、残り一回の権利は私のために、元に戻るために使ってもらうの。

 おばあちゃんは時点Tにスキップ。そこではおばあちゃんTがSカードに名前を書こうとしているはずだけど、それを止めさせ、やっぱり私TがSカードに名前を書くようにして、使用する。

 これで元に戻るはず!と考えて実行したのだけれども、どうやらうまく行ったみたい。とりあえず、コンサートを楽しんだ感覚はしっかり残っている。おばあちゃんも長年のつかえが取れたと晴れ晴れとした笑顔で言っていた。ただ、Sカードについての記憶が、おばあちゃんは薄いみたい。捻れた使い方をしたせいかもしれない。

 ところでスキップの権利は一回分、残っている。

 これを使ってまた名前を書く前の時点Tに跳んで、おばあちゃんTがSカードに名前を記入、二回使った段階でまたまた時点Tに――って繰り返せば、永遠にSカードを利用できるのかもしれない。

 同一人による同時空への過度の干渉で危ないというのであれば、私TとおばあちゃんTではなく、他の人を呼んできてその人が名前を書いたらどうなるのかしら?


――エピソードの4、終わり

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