第20話 4-3
最初はコンサート当日に跳んで、チケットを持って観に行けばいいやと簡単に考えていたが、自宅から会場までの往復とコンサートの長さをプラスすると、三時間を優に超える。チケットは捨てずにとってあるから、それを身に付けた状態で当日の会場内にスキップ、コンサートを観ればどうにか二時間半ほどで収まるはずだけど、グッズを買う時間が欲しいし、できたら入り待ちや出待ちもやってみたい。
時間オーバーをするのが明白なのだから、違う手を考えなくては……と頭を捻って絞り出した。再テスト自体、なかったことにすればいいんじゃないの?
古文の先生が車上荒らしに遭った日時は分かっている。私がそのタイミングで駐車場に行き、先生の車のすぐそばに立っていれば、車上荒らしは何もできないはず。他の車が狙われるかもしれないけれど、勘弁して。車上荒らしが起きなかった結果、再テストがなくなれば、私の古文のテストも少し点数が上がる。いいこと尽くめだ。
気になるのは、そうやって過去を変え、私がコンサートに行ったとして、それを今の私が実感できるのかどうか。変わらなかった意味がないなと不安に駆られる。けど、やってみないことには分からないし。
どうせ初めは信じてなかったんだ。実感できなかったとしたら、もう一度スキップすることも考えてみようっと。
そう踏ん切りを付けて、私は古文の先生が車上荒らしに遭ったであろう時間帯へ跳ぶと決めた。
運悪く、車上荒らしと出くわして襲われるような展開になると危ないので、念のため武器になる物を持って行こうとしたんだけど、やめといた。だって、これってフラグ立ちそうになってない? 生徒が武器になる物を持って先生の車の近くにいるんだよ。客観的には、テストの出来が悪かった生徒が答案を奪うために先生の車を狙ってる、みたいな構図に見えるんじゃないかしら。
驚いた。Sカードは本物だった。
過去から戻って来るなり、重ねて驚かされた。私の部屋にはアイドルグループのグッズが十点近く増えていたのだ。それとともに、ふんわりというじわっとというか、身体に染み込んでくるものが感じられる。あの日のコンサートを観た体験・記憶が私にくっつき、もう離れなくなっている。それは確かな実感を伴った、コンサート会場にいたとしか思えない感覚。いや、私はコンサートを観たのだ、間違いない。一年くらい昔のことなのに今でも鮮明に覚えているのは、それだけコンサートがよかった、感動したという証なのか、それともSカードのおかげでついさっき体験したことになっているからか。判断が付かない。
いや、どちらでもいいんだ。あの体験が新鮮さを保っているのはいいことなんだから。
そんな感動にずっと浸っていたいところだけど、あんまり時間を取っていられない。このSカードは、たまたまとは言えおばあちゃんが手にした物。実験してみた結果を知らせるとともに、次はおばあちゃんのために使う約束、守らなきゃ。私はおばあちゃんがいつもいる居間に急いだ。駆け込むなり、おばあちゃんに伝える。
「ちゃんと使えたわ。おばあちゃんの言う通りだった」
なるべく冷静になって言ったつもりだったけど、声が弾んでしまう。
「でしょう? その様子だと試しとは言え、いいことに使ったみたいね」
「うん。前にコンサート、泣く泣く断念したことがあったでしょ?」
ありのままを説明しようとしたんだけど、途中ではたと気付く。過去が変わったのなら、私はコンサートに行けたことになっている訳で、当然、おばあちゃんにこんな話の切り出し方をしてもはてなと首を傾げられるに決まっている。
「清美ちゃん、どうかした?」
口をつぐんだ私を怪訝に思ったみたい。急いで、より分かり易い表現を考える。
「えっとね。過去に行ってきたの。行けなかったコンサートが行けるようになって、楽しんだわ」
「よかったわね。それで、戻って来たとき、違和感みたいな物はなかった?」
「うん。今のところ何ともない」
おばあちゃん、即座にそんなことの心配を始めるなんて、しっかりしてる。目が見えるようなら、おばあちゃん単独でSカードの旅に送り出してもまったく問題なかっただろうなあ。
「本来の時間の流れを抜け出していた分、歳を余計に重ねた感覚はない?」
「そんなの分からないよ~。歳を取ったとしても数時間のことだから、大きな影響ないと思う」
「ふうん。まあ清美ちゃんはまだまだ先が長いから、数時間使わせてもらうのはいいのかしら」
「いいよいいよ。二回目のスキップは。おばあちゃんの望みを叶えられるようにするから、言ってみて」
「無理をしちゃだめよ」
「ええ。危なくないよう、なるべくがんばる」
笑顔で応じて力こぶを作ったけど、おばあちゃんには見えないんだった。赤面したのを自覚しつつ、おばあちゃんの手を取り、「とにかく、遠慮なしに言ってみてよ。無理だったら言うから」と促してみた。
「そうね……いくつか考えていたんだけど、一つに決めるのがなかなか難しくって」
「たとえば?」
「私が女学生のときに、告白してきた男性がいたの。かなり評判のよい方だったんだけど当時の私は、殿方から思いを打ち明けられたからといって即座に応の返事をするのははしたないという観念を抱いていて、少なくとも一度は袖にしなければとお断りしたの」
「もしかして、それっきり?」
「ええ。それどころか男性から告白されることも、ぱたりとなくなったわ。あとで友人から聞いたところによると、一度お断りした事実が男子学生の間に噂になって広まって、あの女には告白しても無駄だぞということになっていたみたい」
「なんてこと。もったいない」
私が力強い調子で言うと、おばあちゃんはただ苦笑いを浮かべた。
「でも、その告白してきた男の人って相当な二枚目で、優秀な人だったんじゃない? 他の男子が告白をあきらめたってことは、あいつが行ってだめなら俺なんか到底無理だって考えたからだと思うのよね」
この力説に、おばあちゃんもうなずいた。
「まあ確かに、私はその告白してきた男性のよいところに、さして気付いていなかったわねえ。断るために欠点を探そうとしたくらいだったのに」
「つまり、今になって惜しいと思ってる?」
続く
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