第10話 2-6
朝起きて、いつも通り大学に向かってみる。通学中も学校に着いてからも特段、変化は感じられない。日常生活レベルには何ら影響を及ぼしていないのは、肌感覚でも分かった。平和そのもの、飽くほど繰り返された平凡そのものの日常が待っている。
俺は二コマ目の体育が待ち遠しかった。この日、戸茂田と一緒に受ける授業はこれだけだ。うちの大学は体育に力を入れている訳ではないため、授業の中身は遊びに近く、学生同士がしゃべる機会はいくらでもある。
戸茂田に聞けば恐らく高崎の“近況”を知っている可能性が高い。高校大学と通じて一緒なのは、戸茂田くらいしかいないのだ。
ちょっと工夫を要さねばならないのは、その問い掛けの段取りだが、当然、ここに来るまでの間にちゃんと考えておいた。なーに、全然たいしたアイディアじゃあない。
「夢?」
運動着代わりのポロシャツの襟口をぱたぱたさせながら、戸茂田がおうむ返しに聞いてきた。遠投の測定で、投げる合図のホイッスルがちょうど鳴り響いたタイミングだった故、俺の声がよく聞き取れなかったのかもしれない。
「ああ。昨日見た夢の中に、高崎が出て来たんだ。ほら、覚えてるだろう? 高校のとき校長と親戚だった」
「うん、その辺りは言われなくても覚えていたけれども、どうしたのさ。急に彼の名前を出すなんて。僕の記憶に間違いがなければ、君は高崎君を嫌っていたはず」
「そりゃまあ、留学の枠を奪われた相手だと思ってるからな。そんな奴でも夢枕に立たれた訳ではないけど、夢に出て来られるとやっぱ気になるもんよ。どことなく、恨みがましい顔をしていたしさ」
「恨みがましい、か……それはそうだろうね。最後まで無実を訴えていたそうだから」
「無実か」
犯罪者として逮捕されたことも確定。あとは罪状が校長殺しかどうかだが――ちょっと待った。今、戸茂田は割と重要なことを口にした気がする。
そう、「訴えていた」と過去形で戸茂田は言った。これの意味するところは、普通に考えるなら、訴えを取り下げたか、あるいは――。
「すまん、戸茂田。俺って高崎のことあんまり好きじゃなかった、というか嫌いだったから、自分からはあいつの情報を見ようとは思わないで来たんだ。未成年だと表沙汰になる事柄も少ないだろうし。だから知っていること、ちょっと教えてくれないかな」
未成年者による犯罪に関する報道ではその名前を伏せるし、続報もさほど目立つような形ではない。だから俺が詳細を知らなくても大丈夫だと踏んだ。さあ、これで行けるか?
「ああ、そういうことならしょうがないね。僕だって又聞きの部分が多いんだけど、他の人達も言っていたから、恐らく間違いない事実だと思う。高崎君は取り調べを受ける日々で、死を選んだんだ」
「……死んだのか」
まさか、過去形の意味するもう一つだったとは。そもそも、あいつって自ら死ぬことを選択するようなタイプには見えなかったが、警察に捕まって心が萎えたかな。
「うん。おかげで、校長先生を殺したのが誰なのかは特定できずじまい」
「そんなことになっていたのか……。被疑者死亡で書類送検とか何とかいうのに当てはまるんじゃあ?」
「僕も一応、調べた。被疑者死亡のまま書類送検て、そのあとは必ず不起訴になるんだってさ」
「ふうん。知らなかったな」
ちょっと考えてみると……犯人と目される人物が死んでいるのだから、起訴しても公平な裁判は開けないという理屈にでもなっているんだろうか。
俺的には結果オーライだが、すっきりしない。高崎の奴、殺人の濡れ衣を掛けられて死を選ぶような繊細さを持ち合わせていたんだったら、端っから留学の口を奪うような真似をしなければよかった、ただそれだけの話だったのに……愚かだな。
ともかく、Sカードを使って積年の恨みは晴らせた。残り一回の権利は、自分の幸福のために使おう。有効期限はないようだから、もう少し時間を掛け、熟慮を経て何にどう使うかを決めるとする。
続く
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