知識、貸します
あーく
知識、貸します
「またD判定だ………。」
先日の模試の結果が返ってきた。
そりゃそうだ。
毎日友達と遊んでばかりで、勉強なんて全然してない。
学校のテストなら目にくまを浮かべて
「俺、全然勉強してないから。」
と言っても許されるかもしれないが
これから受けるのは大学受験だ。
俺の人生がかかっている。
思えば、今までコツコツと頑張ってきたことなんてない。
新しいことを初めても、どうしても途中で飽きるのだ。
「はぁ………。」
1人でうなだれて歩いてると、あるビジネスウーマンが声をかけてきた。
「お客様。お困りでしょうか?」
はっとして女性の方を見てみると、ビシッとしたグレーのスーツを着た40代くらいの女性が立っていた。
まるで金融機関の職員のようだった。
「勉強で悩んでいませんか?」
確かに自分は勉強で悩んで………って
「悩んでることがわかるんですか!?」
「ええ。気を落としていらっしゃったので。」
「実は勉強がうまくいかなくて………。」
「成る程、勉強で上手くいかないと………」
………いや待て。
どう考えても怪しいじゃないか。
なんでこんなところで話しかけてくるんだ?
しかもビジネススーツで。
「私はあなたの悩みを解決しようと思って伺いました。」
「わかった!そんなこと言って、何か変なもの売り付けようとしてるんでしょ!騙されませんからね!」
「いえいえ、とんでもありません。私達がサービスしているのは知識を貸すことです。」
「え?」
意味が分からなかった。
「例えば、銀行でお金を預けたり貸したりすることができるのはご存知ですよね?
私達は最新の技術により、知識も貸し借りができるようになったのです!
どうです?お試しはいかがですか?」
バカな!そんなこと………。
「確かにこんなことできるわけない、と思う方もいらっしゃいます。
ですが、周りの人と同じことをしていては競争に勝てません。
実際にこれで成功した方もいらっしゃいます。
まずはお試しにご利用してみてはいかがですか?」
………悔しいがこの人の言う通りだ。
自分がダラダラしているうちにみんなに追い越されてしまった。
ここで追いつかないと後がない。
「………試しってことは、無料なのか?」
「ええ!もちろんですとも!」
「………よろしくお願いします。」
藁にもすがる思いだった。
実は怪しいと思いつつ、興味はあったのだ。
試しは無料だし、別にいいだろう。
「はい!それでは契約成立でございます!効果は明日現れますので。」
そう言うと彼女は風のように去っていった。
「なんだったんだろう?」
そして、半信半疑のまま翌日になった。
ちょうど中間テストがあったので確かめることにした。
テストの始まりのチャイムが鳴ると、ペンがスラスラと動く。
「え?」
頭の回転もいつもより倍は動いていた。
「すげぇ!」
知識を借りたままテストは終わり、底辺だった成績は平均の少し上まで上がった。
この成績の変化にクラス中がざわついた。
「あいつ何があったんだ………。」
「カンニングか?」
クラス中は当然驚いている。
もちろんカンニングなんかしていない。
というかカンニングなんてしたらむしろ点数が下が………。
いや、何でもない。
俺は急いでおばさんと出会った場所へ向かった。
案の定彼女はいた。
「おばさん!すごいよ!今日テストで平均以上とれたよ!」
「さようでございますか。」
「今度の模試の時も貸してくれよ!」
「ええ、もちろんでございます。ただし、借りすぎはよくありませんよ?」
「わかってるって!」
そして、模試当日もスラスラと解けた。
模試の結果はもちろんA判定。
「凄いじゃないか!一体どんな勉強したんだ?」
「え?ああ、それは………。」
少し違和感があった。
ふと周りを見てみると、知らないクラスメイトが増えていたのだ。
確かに同じクラスでも接点がない人は覚えられないかも知れないが、友達以外の顔と名前が一致しないのだ。
ただ、勉強の知識が増える代わりに人の顔を忘れるのだと、自分で納得した。
翌日おばさんを訪ねた。
「それは利子ですね。」
「利子?」
「ええ。例えば銀行からお金を借りると、お金を借りること自体へのサービス料を払わなければなりません。
それを利子と言います。」
「でもそれは銀行の話でしょ?」
「いいえ、私たちのサービスも同様なのです。
ただし、私たちはお金の代わりに知識をいただきます。
タダで知識が借りられるなんて、そんなうまい話はございませんので。
先日借りすぎはよくないと忠告したと思いますが………。」
「そんな………。」
「実際、これを上手く使って成功した方がいるのも事実です。
今の利子を全て払ってもらえればここでやめても問題ありませんが、いかがなさいますか?」
利子で知識をもらうだって………?
おかしな話だが、実際にテストの成績が上がったのは事実だ。
それに、知識がいるのは大学受験までじゃないか。
学歴さえ手に入ればこっちのもんだ。
女の子からはモテるし、出世も簡単になるだろう。
在学中は、友達からノートを借りたりすれば何とかなるだろう。
「せめて受験まで、よろしくお願いします。」
「かしこまりました。」
そして、受験を終え、難関の大学に入学することができた。
これで就職も安定するし、女の子からもモテるだろう。
バラ色の未来をあれこれ妄想していると、目の前にはあのおばさんが立っていた。
「合格おめでとうございます。当社のサービスはいかがでしたか?」
「ああ!最高だよ!」
「それはよかったです。
ところで、利子なのですが………。
現在の負債状況ですと、記憶を全部いただくことになりますね。」
「え!?記憶………全部!!」
「ええ、難関大学へ入学したのですから、それくらいはいただかないと………。」
「いや、そんなの無理だよ!返せるわけないだろ!」
「お言葉ですが、今までろくに勉強せずにダラダラと過ごしてきたのは、一体誰の責任でしょうか?」
「う………。」
「親の責任でしょうか?それとも学校の先生の責任でしょうか?
はたまた塾の先生?違いますよね?
受験というイベントがあることがわかっているにも関わらず、何も対策をしてこなかったあなたの責任です!
何も努力をしてこなかった人間がいい人生を送れるとお思いでしょうか?」
「………もう一度………。もう一度チャンスをください!これから勉強しますから!
そうだ!出世払いはどうでしょうか!
これから一生懸命勉強するので、その勉強した分だけ差し上げますから、記憶全部はやめてください!お願いします!」
「ではもう一つ質問です。
私が知識をお貸しした時、あなたは何をしていましたか?」
「!?」
「そうですよね?どうせ私が知識を貸してくれるだろうとたかをくくって、知識を借りている間も遊んでばかりでしたね?」
「それは………。」
「そんな人間を信用できる人がいますか?」
「………。」
「これは決定事項です。
明日の0時に自動で引き落とさせていただきますので。」
「ま、待ってくれ!」
彼女の後を追いかけたが、姿はもう見えなくなっていた。
そしてー。
「君、名前はわかるかい?」
「………。」
「今朝からこうなんです!先生!お願いします!」
「お母さん。どうやら彼は言語障害が出ているようで、コミュニケーションが難しいようです。」
「そんな!!」
「ただ、食事だったり、動いている物を目で追うような、動物の本能的な部分は残っていますね。
お箸は練習しないと持てないと思うので、しばらくは食べさせてあげてください。」
「わかりました。」
「………。」
こうして、リハビリ生活が始まった。
知識、貸します あーく @arcsin1203
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